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「せいくらべ」 と聞いて思い出すのは柱の傷、五月五日の背比べ である。
私がいったい どこでその様な経験をしたのか全く覚えていないのだが、
床の間に飾られた張り子のトラの頭を つついた記憶がある。
それから次に ことわざの 「ドングリの背比べ」
無気力なときなど 特に生活の中に現れてくる。
その心は こうである。
何か非常に良い考えが浮かんだとする。
その考えを誰かに話すときに たいていはその考えが如何に素晴らしいものかを 相手に力説する。
しかし 問題は、無気力なときである。
「こんな事を言っても きっともっと偉い人にとっては
他の人の考えと 大して変わらなく写るんだろうな。
どうせきっと ドングリの背比べ」
・・・・・・・。
その考えを誰かに伝えようとする前に伝えることを 諦めてしまう。
それが、ドングリの背比べ。
そういうときは 差し迫って
「五十歩百歩かな」 と考えて
「でも、私は五十歩の方だ」 と思うことにしている。
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