| なおの日記 |
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| 日記目次 | ||||||||
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| 2001年9月11日 NY惨事〜犯人を生んだ環境に対する私達の責任について考える |
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私達の年代は戦争を体験してきていない年代。そして、こういった事態に直面した今、私達はどうやったら解決できるのでしょうか。 私達の年代は経験はしてきてませんが、私達には残された歴史というのがあるのですから、歴史から学ぶ事で、失敗は繰り返さない様、あさはかな行動に世界が出ない事を祈ります。 このレポートでは「犯人をつくった環境」という事について考えてみたいと思います。まだ、今日のニュースをしっかり確認してませんが、どうも、犯人がわりだされてきたようですね。 これからが、私が本当に不安になるところです。 この犯人をつくった環境といえば、犯行をおこなった人達の標的のひとつは特に先進国に対する「資本主義」「利己主義」という考え方に対する抵抗だとも聞きました。 アメリカ・イギリスを始め先進国のいくつかの国は今まで「権力・金・軍力・技術」を盾にやりたい放題やっては、「揉め事を鎮圧する為の平和活動」と称して、自分たちは傷さえ負わない空襲を行ない、多くの死傷者達をだしてきてました。 米国等が今までそうやって攻撃してきていた相手の国は宗教も文化も歴史も多くの事柄が、外の人間には解りかねるような複雑な事情が絡み合って彼らは民族紛争とうの闘いをし続けてきていたのです。 私の父は仕事で頻繁に中近東の国に訪問していたのですが、中近東の彼らは「太陽」を避け「月」に感謝すると聞きました。 中近東の多くは砂漠の国。灼熱の太陽が空に上っている間は、熱風に吹きさらされ、何も出来ないそうです。だから、昼間はじっとこらえて陰に身を隠して過ごすそうです。そうして、月の出る頃になりやっと人々は灼熱から開放され外に出てくるそうです。太陽が沈むと気温も下がり乾燥した風が流れはじめ、砂漠のひんやりとした夜というのはなんとも神秘的なものだと聞きました。 そういった生活の営み一つ一つが私達の常識からは考えられないような生活をしているようです。又、彼らの信仰心はとてもあつく、コーランの下に人々の生活は成り立っているそうです。 こんな生活の例をひとつとっても、彼らと私達の常識やモノの考え方等、多くが私達には理解できないものがあります。 さて、湾岸戦争の時もそうでしたが、アメリカは結局、人種・文化が違う相手は信用せず、更に、米国にまともにぶつかれば相手は排除されるといった状況がパターン化しております。アメリカとはなんとも厄介な国です。 今回のアフガニスタン空爆も現地における犠牲者の多くは一般市民になるのでしょう。 親・子が次々目の前で殺されていく。そんな悲劇に遭遇する人達が居るのかと考えると、アメリカへ反感を持つ人々が増える事に疑問はないのですが。。。 私には、米国又は今回の犯行グループのどちらが悪いという判断はできません。両者に否があると思います。 今のところ私はただひたすら「犯人を許せない気持ちと、そういう犯人をつくった環境へ許せない気持ちと怒り」そして「自分にいったい何ができるだろうか」といった複雑な想いにかられております。 近い内に、犯人が発覚されるでしょう。 アメリカそしてアメリカを応援する世界がどの様に動いていくかを考えると、大変不安になります。 勿論被害にあった人々を想うと、大変心が悼みます。 これからは長い目で見て、本当の平和を築き上げる為には、世界のひとりひとりが「そういう犯人をつくった環境」という問いについて、しっかり考えて、これ以上、悲しみをうむ事無く、殺し合いのない世界にしよう、という姿勢で取り組んでいってもらいたいと思います。 これは長期的な挑戦と努力を要される事になりますが、「利己的思想をなおす事・違いへの尊重・不平等の改善・弱者への配慮・民主主義の見なおし・消費社会の改善等」といった人々の根本的なものの考え方から改善していく必要があると思います。 |
2001年9月28日 なおの民主主義 |
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ドロレス公園で催された反戦運動・行進に行って来ました。これは私にとって初の経験となりました。 今回の運動は可也の大規模なラリーでした。会場には3500人程の人々が集まりました。 ラリーは午前11時スタート予定だった為、朝の9時には友達のみほちゃん(在日韓国人の国籍を持つ半アメリカ育ち)が私の家まで車でピックアップしに来てくれて、今日は朝早くからのスタートとなりました。 今朝は朝日の眩しさに目を覚ましてしまうくらい、朝から太陽が燦燦と輝いていている暑い一日でした。 私は一日中太陽の下大勢の群集に囲まれて、その大きな群集のエネルギーの中にずっといました。 そしてさっきそのラリーも終り夕方6時半、帰宅。早速今日あった出来事をメディアがどの様に取り上げているのかチェックするため、インターネットを繋ぎ、各メディアのコメントを一通り見終えたところです。 現在、窓から見える外の景色は、道沿いの大きな木々と道を歩く人々が夕方の陽の光りに照らせれて、なんだか一日の終りを告げるかのように静かに燃えるような赤い色で反射しています。まもなくこの太陽もすっかり沈み、夜がやってくるのでしょう。 先週の日曜日の勉強会に始まったこの活動は今後も継続される事になり、この団体名は「日米反戦ネットワーク」とつけられました。 まだ出来たてほやほやの団体ですが、みほちゃんの力もあり、NPO団体のひとつ「JPRN」という団体から来ている「柏木さん」という既に幾つものNPO/NGOに関する著書を書かれている方で、日本へ行く度、シンクタンクからの講演依頼がいくつもあるような有力な方からの協力を得ています。柏木さんのほかにも、サンフランシスコでは一番大きな日本人会の「のびる会」からは「まり子」さんという方の協力、「ジューシー」という加州で、可也の勢力を持つNPO団体等が既にバックに付くことになっており、まだ発足して間もないというのに、横の繋がりは既に各所に広がっております。 NPO/NGOという活動においては、「GrassRoot」と呼ばれる通り、草の根が伸びていく様に横のつながりがとても重要な要素の一つになります。 その広がっていく様子は見ていて大変面白いものがあります。初回の勉強会の時、そこに集まった10数名の人々は、道端で宣伝広告を見た。とか、中には宣伝を見た人がそのコピーを取ってそれを私達の知らないどこか他の道端にも張っていってくれていたりしたことで、意外な遠い所からわざわざそれをみてやって来たという人がいたり、後は、人の声伝えでやってきた、という人達の集まりでした。 今日のラリーでも新しくその他の草の根グループの人達との出会いがある事で、更にその根が倍以上に伸びた様です。そうやって徐々に横の繋がりが増えていってます。なんだか、こういった辺りがまさしくこの活動の名の通り「草の根」的だと実感しました。 草の根活動とは、主に似た思想を持つ者の集まりになりがちですが、実際、個々の考えは自由に色々あって良いのです。そして活動参加も任意となっているので、意見が合わなかったり、もっと他に興味のある団体があればいつでもそちらに移る事だって、又この団体を解散する事だって、団体を結成する事だって、いつでも出来るのです。団体のメンバーは普段各人仕事を持っていたり学生だったり夫々が本業がちゃんとある中でやっていく活動ですし、団体を育て継続していく事は当然簡単な事ではありません。 しかし、そうやって折角育てていった団体だとしても、もし思想や活動が誤った方向に向かっていっていると気付いた時には、解散さえできる勇気と忠実な思想に対する責任というものをいつまでも持ってやっていくという事が、とても重要なポイントのひとつだと思います。 そこで、草の根活動をする上での、大切なポイントは、他の思想を尊重した上で、柔軟性を持つ事と派閥・権力争いを持たない、という事がとても大切な点の一つのようです。ここが、通常の政治の世界と違う点だと思います。 少し話は異なりますが、このGrassRootの形態というのは、どこかとてもTerroristの形態にも似ているな、と気付きました。多くの人が言っているように、今後は国と国との戦争ではなく、こういったテロリスト的な闘争と犯行が増えていくと私も思うのですが、そうなった時、その犯行犯の存在はある一つの団体や国に特定出来ないという難しさを持つと思うのです。 テロリズムもGrassRootと似ていて、参加のきっかけは同じ思想の下に自然に集まってきた人々の集まりだと思います。そして、もしテロリズムもGrassRootと同様、団体の結成そして解散が比較的容易に出来、又、団体の中でも、もし個々の活動というのが細分化されていて可也の程度、任意の活動を許されているのだとしたら、タリバン派を攻撃したくても、タリバン派をひと括りにして犯罪を認めさせようとした時、恐らく確固たる証拠は永久に出てこないのではないだろうか、と思うのです。 そうやって、テロリストとGrassRootを関連付けてみると、GrassRootが善玉だとしたら、テロリストは悪玉という関係で、実はその形態はとても良く似ているのだと思います。 もう少し話を続けると、もし今後テロリスト的闘争・犯罪が増えていくのなら、それこそこれから考えていかなければいけない事は、やはり長期的な社会構造そのものの改善だと思うのです。 今回の事件は歴史的背景を見てみると、恨みを買い今回の惨事を引き起こさせた原因はアメリカには余りにも多い様です。そして、間接的でも、私達にもこの犯罪者を作ってしまった環境に対する責任というのがあるはずです。そこで、改善点をあげるとしたら、それは利己的思想をなおす事・違いへの尊重・不平等の改善・弱者への配慮・民主主義の見なおし・消費社会を直すこと等です。その他にも改善点はもっと沢山あるとはおもいますが。敵がテロリストで、テロリストという形態が前に述べたような特徴を持つものなのだとするのならば、もう、短期的にものを片付けられる時代は終ったのだと思います。人類はこれまで散々、戦争でモノを抑える事を繰り返しやってましたが、これからはそのような方法では解決されなくなってきたのだと思います。相手がテロリストとなってくると、これからは長期にわたってでも上記にあげたような改善、真の改善への取り組みをしていかなければいけない時代がやってきたのだと思います。 なんだか、GrassRootやテロリズムそして改善策等色々話が膨らんでしまいました。長くなってしまいました。でも、もう少し続けます。 今日のラリーを経験して感じた事です。何しろ私は今回のラリーが初のラリー参加で、いったいラリーとはどんなものだろうか、まずは兎も角、その様子を実際に自分で経験して来ようと思い出かけてきました。これは個人的な事で、又とてもささやかな事ではありますが、今回私の中でちょっとした発見がありました。行進が始まり、私もプラカードを手にし、その大きな群集は動き始め公園を出て、行進を始めました。そして「What do you want? Peace! When do you want it? Now! Stop the Violence, Stop the Racism, This is What The Democracy is For!」と、皆が声を張り上げて合唱が始まりました。そんな中、はじめは私はためらってしまい、口パク程度の小さな声で後に続いて言ってました。 ところが、ある時を堺に私も声を張り上げており、するとその時、それまで「Democracy」という言葉の意味を私は分かっていると自分で思っていたのですが、実は、本当は心からはわかっていなかったのだという事に気付きました。 Democracyといっても、本当に各個人が声を出さなければ、それはDemocracyにすらならなり得ないのだということを実感しました。 声を張り上げてモノを言ってみると、新たな発見というのがあったりするものなのですね。特に、声を出す。意見を言う。というのは、民主主義の基本。 私は今までにも友達と社会・世界情勢等について話をする機械はありましたが、実際にそれを世の中に影響を与えられるレベルでモノを言ったことはなかったのです。それは勿論、この様にデモ行進することだけが手段ではないでしょう。自分でモノを書いて、それを有力な機関に宛てて送る事だって、構わないと思います。 ただ、個人レベルのお喋りだけでは折角のDemocracyの特権を私は本当には活かせてはいなかったのですね。 国の代表者はあくまで私達国民の代弁者であり、本当に国を変えていくのは国民ひとりひとりなのだ。というDemocracyの思想。 それが、今回のラリー参加を通して実感したDemocracy経験でした。 最後に、これまでも何度も考えてきているテーマですが、「どうすれば皆が平和で平等な権利の下、夫々が活き活きとひとつひとつの生命を活かしていく事ができるのだろうか?」という問いを自問自答してみているのですが未だその解答は出ていません。その解答は恐らく一つだけではないのでしょう。これはきっと時代や環境によって変化していくものでしょうし、その為か、この疑問と解答は日々膨らんでいくようです。それは、まるで成長していくひとつの生物のようです。ということは、きっと、このテーマについては、答えを求めるのではなくって、このテーマ(生物)をどう育てるか?といったアプローチをしていく方が適当なのかもしれません。その為には勿論、日々更新される世界情勢や過去の歴史、人々の考え等をしっかり見守りながら、このテーマを育てていく必要があるようです。 |
2001年7月 加州電力危機 |
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--まずは電力危機にいたるまでの大まかな経過についての説明から-- 2001年1月中旬、PG&Eの破産がうわさされる。 2001年2月下旬、PX(電力取引市場)閉鎖。 1998(1997!?)年から実施された加州電力市場自由化により、電力卸売り会社大手3社(PG&E、SCE、SDGE)はCalPX(加州電力取引市場)への市場参加を義務付けられていた。 この市場参加義務は、競争導入による料金の低下と技術の向上効果を狙ったものだった。 又、同じ頃プライスキャップという制度が導入された。 この制度の目的は大手3社により市場独占によって生じる料金の吊り上げから一般客を守るものであった。 しかし実際制度導入後、発電燃料の料金高騰が発生し発電コストが急騰、その上プライスキャップによる電力料金値上げの抑制がなされていた為、電力卸売り会社は、利益を得る事ができず、負債を抱え込む事となった。 と、ここまでがおおまかな市場の流れです。 次に政界と市場の関係をみてみたいと思います。 ブッシュ大統領はプライスキャップをはずすように指示しています。 プライスキャップをはずすという事は、つまりは私のような一般客が直接このCalEnergyCrisisの痛手を負う事になるわけです。 ここでなおが感じたいくつかの疑問を下記します。 1)「本当に電力供給源は足りていないのか?」 まず、この夏の需要はどの程度に至るだろうか? 次に推定される需要と各発電所の発電能力合計を計算することで不足量推測が可能となるであろう。 2)「送電系統に問題があるのか?」 加州では南北に流れるN15と呼ばれる地点における送電線の許容が全く足りていないと聞く。 という事は、送電線のメンテナンスや増設が十分になされていない可能性がある。 しかしそのメンテナンスに掛かる費用はいったいどこが受けもつのだろう? 最終的に一般客がコストを負担する事になるのだろうか。 3)「料金メカニズムに問題がないだろうか」 4)「市場(電力取引市場)の取引の仕方に問題がないだろうか」 5)「エネルギー会社と電力会社の繋がりとはいったいどうなっているのだろうか?」 発電に要するエネルギーコストの高騰と同時にエネルギー会社(Shell、Mobil、Amco、Exxon等)の収益が急増している。 とすると、エネルギー業界が電力危機の裏でなにやら怪しい存在ですね。 もともとエネルギー業界出身のブッシュ大統領。 ブッシュ大統領 ⇒ テキサス出身 ⇒ オイルマン こう考えてみると、ブッシュさんとエネルギー業界の関係ってやっぱり怪しいです。 もし、上に述べた5)が電力危機の原因だったとすると今まで騒ぎ立てられていた電力業界はあくまで表向きに仕組まれたもので、実は電力危機のおおもとは「電力業界」ではなく、「エネルギー業界」であったと考えられませんか。更には、「エネルギー業界と政府との癒着」といったダイアログを考えたとき、なんだか今までの多くの事実が繋がってきました。。 (2001年7月 なお) |
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