ぶんプロフィール
- ■生い立ち
- 1980年7月10日、北海道浦河町とゆう人口約1万7000人のちいさな町に生れました。浦河は、競走馬の産地として有名で過去には、シンザンなどの名馬が数多く生れ、特にシンザンに至っては、町のスーパーの名前になるくらいです。現在はそのスーパーはなくなりましたが、僕の思い出としてよくおばあちゃんとそこに買い物に行きました。
そう、僕はおばあちゃんっ子です。(笑)
- ■それから・・・・
- それから、お寺系の保育園にはいったり浦河の小学校に入学したり、浦河での生活を10年間しました。
そこではいろいろなことがありました。
たとえば・・・小学校のときに、サッカーをはじめたこととかマラソン大会で3位になり、町のマラソン大会出場とか・・・。結果は聞かないでね。(笑)
あと、小学校4年生のときは学級委員になったり、冬休みの自由研究で紙粘土で北海道の地図(すっごくおっきいんだよ!!)を作ったりしました。
そして、小学校5年生の時に今の札幌市に引っ越しました。そこで、今まで田舎で暮らしてた僕はほとんどカルチャーショックを受けた感じになりました。(笑)まず、家が多い!!そして、何階もの建物(浦河には当時、3階以上の建物は存在してなかった(笑))が至る所に・・・・。
はっきりいってどぎもを抜かれました。(笑)
- ■札幌では・・・・
- 札幌で生活をはじめた僕(当時11歳)は、その後小学校の児童会の副会長とかになったりしました。
中学校ではソフトテニス部に入ってがんばりました。中体連ってものがあるんだけど、なぜかうちのテニス部は団体戦で毎回、手稲区2位ばっか・・・。
それでも個人戦とかで全市大会ってのに行くところもあるんだけど、僕は部長の人とのペアで(僕は副部長ね)全市大会には行けませんでした。でもそのあとにあった市民大会では200チームあるかと思わせるくらいの大きな大会で見事に3位になって、おっきな銅メダルをゲットしました。でもその大会は全市大会と同時進行だったので、全市大会出場者は市民大会には出れなかったのです。そう、市民大会は全市大会の2軍みたいな感じですね。(笑)まあそれでもすっごく嬉しかったのをよく覚えています。(5年前)
高校に入学しました。今度はソフトテニス部がなかったから硬式テニス部に入りました。最初はいっぱいいたテニス部の一年生もあっというまにほとんどいなくなっちゃいました。でも残ったメンバーでテニスをやるのはすっごく楽しかったです。それは2年、3年になっても同じことだったけれど、実は学校のテニスコートは新体育館建設のために全て潰されてしまいました。(涙)
その間は、どっか近くの公園のテニスコートを借りてやってました。ところどころ家族でテニスをやってる人達に出会って試合とかしました。でもそうゆうのって勝ち負けってないんですよね。楽しければそれでいいって思ってました。(違う??(笑))人とのふれあいがあったのがとてもよい事だってのもあとから思いました。学校のテニスコートは僕が3年生のときに出来たので、実際にあそこでやったのは2ヶ月くらいでした。しかもテニスコートはクレーコート(土っぽいの)だったので、すんごい強烈なサーブとか打つとコートがへっこむんですよ。当然イレギュラーして違うとこに飛んでいっちゃう・・・・困ったコートでした。(笑)でもやっぱし楽しかったです。
でも今思えばなんでテニスをはじめたのか全然思い出せません。(笑)
- ■大学生!!(短大だけど・・・)
- 大学に入りました。でもなんか「大学」って感じがしなかったりしてるんですよ・・・。(笑)まず、文部省の学校じゃないってことで「大学」って感じじゃなかったですね。その次は、この学校自体すっごくちっちゃいし、建物自体もちょこっと古いって感じかな・・・?それでも勉強してる内容が「建築」ってゆう分野だから、専門知識を得るには、まあ普通ってとこかな??
中学、高校ってテニス部だったから大学でも入るかとか思ったけど、ってゆうかテニス部自体ありませんでした。(笑)じゃあ、なにもすることないから、とりあえずバイトをはじめました。某本屋さんではじめたんですが、これがまたやりがいのあるバイトでした。だんだんおもしろくなってきた、というところで店長との激しい対立で辞めさせられちゃいました。でもその対立してたときに僕と一緒になって、僕と同じ意見を持った人と助けあって(?)やっていたのをよく覚えています。(ってゆうか1年も経ってないけど・・(笑))結局みんな解雇でした。それが今年(2000年ね)の4月くらいで、5月にはゼミ室にあったパソコンに注目してみました。
そのゼミ室では唯一のインターネットにつながっているとゆうパソコンでチャットをはじめました。最初は全然早くてまったく話についていくことすらできませんでした。ちなみに、バイトはやめた(やめさせられた)から必然的に学校に残って遊んでいくってゆうのが僕の日課になってたようなもんでした。そしていろんな人と出会って現在に至るってことです。
おわり。(かな??)