<香港の顔、獅子山へ>
獅子山、ライオンロックのことを語るには、まず啓徳空港から始めなければならない。獅子山、九龍城、啓徳空港、この三つが記憶の中では、一直線に連なっている。実際にどうだったか定かではないのだが、着陸態勢に入った飛行機の窓にかじりついていると、変わっ
た形の山が見え、崩れそうなビルのかたまりが見え、滑走路が見え、海が見えた。わずか数分のすりきれた8mmビデオのような光景が今も脳裏に焼きついている。
10数年前のことだった、初めて香港を訪れたのは。変わった形の山がライオンロックと呼ばれていることを知り、崩れそうなビルのかたまりが九龍城だということを知った。次ぎに香港に来たときにはすでに九龍城は壊されており、返還の熱が冷めた頃には、啓徳空港もただのだだっ広い空き地となった。
時が風景を変え、過去は風化する。それでも、獅子山は同じところに鎮座している。おそらく太古の昔から、風と雨にさらされ、多少風貌は違っているだろうが、山の頂に前方を見据えたライオンがうずくまっていたに違いない。ライオンにとっては、飛行機が鼻先をかすめた出来事など、ホンの一瞬にも満たない記憶に過ぎないのだろう。(写真上下とも獅子山)
獅子山に登るには、いくつかの道がある。一番近いのはふもとの獅子山公園から登り始める道だ。1時間もあれば、ライオンの頭の上にたどりつき、九龍の市街地を見下ろしながら、一休みしていることだろう。
もう少し長い距離を歩きたいのなら、さらに西の筆架山を登り、尾根道伝いに獅子山に登るコースがある。この二つの道をあわせて紹介しよう。
獅子山公園には、MTRの九龍塘か樂富から歩いて行けるが、自動車道路沿いの道を排気ガスを吸いながら歩くことになるので、タク
シーを利用するほうがいいかもしれない。
獅子山公園の入り口を入ると、右手に舗装道路がある。そこを少し上がれば、階段になった登り口がある。ここから中腹の亭までは階段や坂道を歩く。最初は森の中の径、直射日光に晒されないせいか、少し苔むしている。階段をある程度上がると、やがて木々の切れ目から眼下の光景が見えるようになる。
中腹の少し開けたところに亭があり、香港島、ビクトリアハーバー、九龍の市街地が一望できる。九龍城の跡地の公園、今はだだっ広い空き地となった啓徳空港、そして海に突き出た一本の長い滑走路。かつて無数の飛行機がたどった空中の道。海に突き出た滑走路は今ではもう風景の中の異質な存在だ。(旧啓徳空港は3番目の写真)
この亭は、またいくつかの岐路の要でもある。東の徑を登れば獅子山、その途中から左にそれる徑がマクレホーストレール(説明は後ほど)。厳密にいえば、西貢から屯門までの100kmの山道を結ぶマクレホーストレールのセクション5が東から獅子山の北の中腹を通り、この亭のあるわずかばかりの平地を抜け、西の筆架山を越え、金山公園に至るコースなのだ。亭を起点にみれば、東は獅子山、マクレホーストレールを経由して大老山、馬鞍山、西貢。南は獅子山公園に下りる道、北は大圍に下りる道。西はマクレホーストレールを経由して筆架山、針山、草山、大帽山、そしてゴールの屯門の街。
今は、獅子山の頂上を目指す。少し歩けばマクレホーストレールとの分かれ道があり、標識には、獅子山まで500mとある。この500mは割と変化に富んだ500mなのだ。徑はすぐに登り始め、やがてライオンの顔が目の前に見える。左右は崖で、特に右側は急
峻な岩壁。ライオンロック南壁とでも呼ぶべきところで、ロッククライミングの名所の一つだ。
登山道も岩場に差し掛かり、わずか数mだが、チエーンも用意されている。さらにライオンの頭、大きな岩の塊を手を使って登れば、そこが頂上、頭の上。岩と土で少しばかりの平面がある。
そこはまた風の通り道でもあった。もともと岩が露出していたのか、太古より吹き続ける風が岩を露出させたのかは知らないが、さえぎる物のない風の通り道。高度恐怖症の人はおろか、常人でもなかなか立つことのできない岩壁の上。360度の光景、香港のへそといってもいい位置にあり、香港のさまざまな山が見える。針山、草山、大帽山、飛鵝山、水牛山、馬鞍山、ピーク、渣甸山、柏架山。(4番目の写真は獅子山の北崖)
冬の香港の空は霧が出やすい。あるときなど一瞬のうちに頂上が霧で覆われ、風とともに霧が流れ、霧の切れ目からあざやかな風景がかいまみえた。光と闇との絶妙なコントラスト。わずか495mの標高ながら、楽しませてくれる山だ。
ここから沙田パスまで下りるのだが、その前にもうひとつの登り道を説明しよう。
今は獅子山トンネルや大老山トンネルが九龍と沙田を結ぶ主動脈となっているが、一昔前は大埔公路がメインの道路だった。その大埔
公路を通るバスに乗り(われわれは旺角で待ち合わせして、81番のバスに乗る)、金山公園の入り口で降りる。
ここはマクレホーストレール、セクション6のスタート地点。われわれは逆に歩道橋を渡って道路を横断する。そこに登り口がある。しばらくは平坦な徑を歩く。森の中のすがすがしい徑だ。
1kmあまり歩けば、そこから階段が始まる。香港は急な階段が多く、ハイカー泣かせだが、ここも距離はさほどないものの、やはりつらい。
登りきると筆架山の頂上。頂上はアンテナ施設に占拠されていて、風情がない。ここまでやってきたのだという満足感が無機質な施設のおかげで半減する。いずれにせよ小休止して、獅子山へ。
一旦、長い下り道を下りて、また登る。山を歩いていれば何度もこんな光景に出くわす。下りては登り、登っては下りる。ようやく最後の山かと思えば、高みに上がればまた山が見える。疲れているときなぞ、あまりの非情さにさらに疲れが倍化するほどだ。
その坂と階段を登ったところが亭だ。亭に近づくに連れて、人の話し声が聞こえ、ああもうすぐだと元気付けられる。亭で一休みして、獅子山の頂上へ。(写真は獅子山から見た筆架山)
頂上から下りるには、ライオンの肩と腰にあたる二つのこぶを越えていかなければならない。小さな下り登りを繰り返して、長い下り
へ。最後のこぶからは急な降り口があるが、危険だ。無理をする必要はない。
長い階段を下りれば平坦な徑にでる。マクレホーストレールだ。左に行けば、先ほどの亭に着く。右に行って沙田パスを目指す。中腹の徑は山のうねりに合わせてうねっている。しばらく平坦な徑を歩くと、右に下りる道がある。ここから下りるのは近道だが、あえて沙田パスまでの徑を選ぶ。小さな上り下りを繰り返すと、徑は自然と長い下りの階段になる。
下りきったところが沙田パスで自動車道路になっている。そこに一軒の茶店がある。茶店といってもわれわれが日本風に茶店と呼んでいるだけだが。飲み物と簡単な食事、特にカレーは名物だ。自動車道路を登れば大老山、茶店の横の徑を行けば沙田。道路を下りれば、慈雲山の街。途中に法藏寺という寺があり、近くの公営住宅の前から、黄大仙行きや鑽石山行きのミニバスが出ている。
*コース*
獅子山公園 − 亭
大埔公路 − 筆架山 − 亭 − 獅子山 − 沙田パス