<まずはピークを目指そう>

 観光地としての香港、それはやはり夜景、100万ドルの夜景に代表されるだろう。船がいきかうビクトリア・ハーバー、海際から山の中腹まで広がった高層ビル、ピークに点在する邸宅、闇と光がおりなすスペクタル。何年か香港に居住したあと、日本に戻った人の心に残る香港の風景は、何をおいてもこの100万ドルの夜景、それも尖沙咀のプロムナードから見た夜景、リージェントホテルのコーヒーショップの大きなガラスを通して見える夜景だそうだ。夜景の美しさばかりではなくて、そのとき側にいた人との思い出の甘酸っぱさかもしれないが。

 このシリーズ、香港の山を飽きることなく歩いた人たちのための備忘録、あるいはこれから香港の山を歩く人たちのためのささやかなガイドブックはまずこの山、ビクトリアピーク(香港では単にピークと呼ぶ)から始めよう。

 普通の人、もちろん観光客はピークに登るには、ピークトラムかバス、自動車を使う。

ピークトラムのあの30度はありそうな傾斜を楽しむのもなかなかのものだが、われわれは無論、自分の2本の足と時には両手を使って登らなければならない。

 ピークへのコースはいくつかある。どの道を通ってもピークに行けるのだが、残念ながら、多くのコースはしばらくの間、高層ビル街を抜けて、自動車が頻繁にいきかう排気ガスに満ちた道路を歩かなくては行けない。せっかくおいしい空気を楽しもうというのに、排気ガスに満ちた空気をまず吸わなくてはならないのはいかにも興ざめだ。

 われわれがよく利用するのは、道路を横切ることはあっても、できるだけ道路を歩くことのないコース、ピークトラムの駅をスタート地点とするコースだ。

 MTR(地下鉄)の金鐘駅(アドミラルティー駅)を降り、案内板にしたがって香港公園に入る。香港公園を数分歩けば、ピークトラムの駅だ。休日ならおそらく切符売り場は長蛇の列となっているだろう。長蛇の列をしり目に、すこし奥に行けば、ちょっと可愛い建物、WWF(WORLD WIDE FUND FOR NATURE)のショップ兼オフィスがある。その横がスタート地点。

 しばらくはピークトラムの線路と並行して歩く。歩くといっても正確には急な階段を上る。道路を横切るたびに、コースは線路の右になったり、左になったりするが、標識があるのでわかりやすい。4つ大きな道路を横切ると、漆咸徑にはいる。漆咸徑は山の中の舗装された径で曲がりながら、ゆっくりと登っていく。先ほどまでのビルの間をぬって歩く道とうって変わって、自然に囲まれた静かな道で、ときどき思いがけないところに邸宅があり、驚かされる。漆咸徑を登りきると、白加道。街の道路と違って自動車はあまり通らない。ここまで40分くらいだろうか、ちょっと一休み。(写真はセントラルの高層ビル街)

 白加道、醫院徑、種植道などを通って、森の中に点在する邸宅を眺めながら歩けば、20分でピークトラムのピーク駅、そこからさらに柯士甸山道を登れば20分でゴールのピーク、頂上、標高552m。海抜0mから登ってきた、正味の552m、感慨もひとしおだ。

 ピークからは360度の眺望、キオスクで香港風のちょっと変わった味のアイスキャンデーでも買ってかじりながら眺めれば、九龍の街並み、奥に広がる山々、ランタオ島、長州島、南Y島などの島々が見える。観光客はふつうピークトラムのピーク駅で終わってしまうので、ここまでの景色にはお目にかかれない。ひとしきり汗をかいた後なので、なおさら気分は最高。

 しかしこれで終わりではない。登れば下りなければならない。これは如何ともしがたい。登ってきた道をそのまま下りるのも、芸がないので、ここはひとつ、香港島の南側へ下りてみよう。

 ピークの展望台の裏側から同樂徑という散策徑に入り、下りていく。同樂徑は入り組んでいてすこし迷いやすいが、下へ下へ行けば、ピークトラムのピーク駅からピークの周囲を一周する徑に下りる。この一周する徑はゆっくり歩けば45分くらい、まったく平坦なので散策には格好のコース。家族連れやお年寄り、恋人たちがのんびりと歩き、時々立ち止まっては、パノラマのような景色を楽しんでいる。(写真はピークから見た大帽山)

 下りたところはちょうど公園を囲んで三叉路になっていて、その一つ、夏力道を西に行く。このコースはちょうど港島徑第一段(香港トレール、セクション1)にあたる(香港トレールについては後ほど説明)。すぐに見晴らしのいい展望広場に到着。香港島の南側の景色が一望できる。

 展望広場から階段を降り、さらに山の中腹の徑、平坦で森の中の舗装されていない徑をときどき沢を横切りながら歩く。鳥のさえずりやせせらぎの音が聞こえ、ゆったりとした気分を楽しめ、都会の喧騒を忘れさせてくれる。

 やがて右、薄扶林という標識にぶつかる。香港トレールはまだまっすぐだ。そこを下りて、薄扶林水塘沿いの道を行く。騎術学校の横を通り、薄扶林道へ。中環、香港仔行きなどのバスが通る。

 ピークからおよそ40分。休憩も入れて4時間足らずの山歩き。香港島のビジネス街、高層ビル街のど真ん中から始まるこのコース。都会と自然とが、一瞬のうちに味わえる、まさに香港ならではのコースだ。

 

  • *コース*

    金鐘 − 纜車徑 − 漆咸徑 − 醫院徑 − 種植道 − 芬梨道 − 柯士甸山道 − 同樂道 − 夏力道 − 港島徑第一段 − 薄扶林水塘道 − 薄扶林