<トレールコース>
周知のことだが、1997年に中国に返還されるまでは、香港はイギリスの植民地だった。このイギリスの植民地だったことが今の香港の姿に大きく影を落としている。香港の陸地面積の40%弱を占める郊野公園(カントリーパーク)の形成にも、イギリス人が支配者であったことの意味は大きい。郊野公園設立の直接間接の理由はどうあれ、ウォーキング好きだった、1970年代の総督、マレー・マクレホース卿の熱意によって郊野公園は1976年に誕生した。
香港には郊野公園は23ヵ所。われわれの歩く徑はそのほとんどが郊野公園の中にあり、トレールコースとして整備されている。
トレールコースの数は短いものまで含めると、無数といってもいいほどあるが、ここでは主なトレールコース、マクレホーストレール、香港トレール、ランタオトレール、ウィルソントレールを紹介しよう。
マクレホーストレールは全長100km、西貢から屯門までの丘陵地帯を結んでいる。名前の由来はもちろん郊野公園設立に大きな功
績の合ったマクレホース総督だ。
西貢の北潭涌をスタート地点とし、屯門のゴールまで10のセクションに分けられている。ステージ1は北潭涌から萬宜水庫(ハイランドリザボア)という人造湖の南の舗装道路を経て浪茄灣に至る。全体として凹凸のあまりない、景色雄大だが変化に乏しいコースだ。浪茄灣はキリスト教の施設があって、白いさらさらとした砂浜がきれいな、小さな入り江だ。入り江としては西貢でもっとも美しい。
浪茄灣から西灣山を登り、西灣、咸田灣、大浪凹までの長い登り徑、赤徑を経て北潭凹。これがステージ2。大浪灣の美しい景色。シャープピークの孤高の勇姿。大灘海峡の穏やかな海。ステージ1とは打って変わって、変化に富み、景色も堪能できる。ただ、西灣山の登りは、標高314mと低い山ながらも、海岸から一気に上がるので厳しい。(写真は咸田灣)
ステージ3は西貢半島の西の稜線を歩く。北潭凹から、牛耳石山に登り、岩頭山、花苗山、雷打石、鶏公山の400m前後の稜線を歩き、水浪窩に下りる、山塊の中のトレールコース。アップダウンがある。
水浪窩からしばらく小高い丘を歩けば、眼前に馬鞍山が姿をあらわす。個性的なかたち、標高702m。丘から少し下りて、急な坂を登る。息もたえだえにあがれば峠。右へ行けば馬鞍山の頂上。トレールコースは左だ。ピラミッドのかたちをした九曲山の中腹から高原地帯へ。昂平と呼ばれる高原だ。ここから見える西貢の海はとても香
港とは思えない。青い海に浮かぶ白いヨット、クルーザー。地中海の港だといってもおかしくないほどだ。馬鞍山の山塊は、そこから見える景色といい、山自体のかたちといい、なだらかな高原といい、歩く人を魅了してやまない。(写真は馬鞍山から昂平への下り道)
さらにゆっくりと下り、また登れば水牛山の麓。
水牛山で思い出したが、香港には野良牛が多い。ここ西貢半島とランタオ島に数多くの野良牛がおり、山徑のあちこちに大きな糞が落ちている。昔飼っていた牛が脱走し、野生化したとか。これもまた香港名物だろうか。
水牛山の麓を抜けて、徑を下れば基維爾營。ステージ4はここで終わり、ステージ5が始まる。
ステージ5は大老山から沙田パスを抜け、さらに獅子山の中腹を通り、筆架山を経て、大埔公路に至る。大老山までは軽い登り、そこから沙田パスまでは舗装道路のだらだらと長い下り道。沙田パスから階段を登り、獅子山の北側の平坦な徑。そして下りがあり、筆架山への登り。この筆架山への登りがこのステージでは一番きついかもしれない。そこを下ると平坦な歩きやすい徑に出て、大埔公路という自動車道路に下り立つ。
金山公園という九龍水塘沿いの公園からステージ6は始まる。この公園は野生の猿が多い。日本猿に近い種が目立つ。野生といっても、公園で遊ぶ人に食べ物をねだり、ときには食べ物を強奪するたちの悪いやつだ。公園内の舗装道路を歩き、少し山徑を歩けば城門水塘。マクレホーストレールの中では、もっとも短く難易度は低い。
城門水塘からはステージ7。休日にはピクニックに来る人でバーベキューサイトはうずまる。のんびり遊ぶ人をしり目にまずは針山
へ。城門水塘の東側にそびえる針のような山。急な階段を登る。頂上かと思えばまた峰が見え、その峰の向こうに山頂がある。高さはあまりないのだが、少しきつい登りだ。山頂から、四方の山、大帽山、馬鞍山、香港島の山々などを見渡せる。針山を下り、さらに長い坂を上がる。草山だ。草山を越えると、鉛鑛凹という峠。名前からすると、この近くに鉱山があったのだろうか。(写真は針山)
鉛鑛凹からステージ8が始まる。香港でもっとも高い山、大帽山への長くてつらい登りだ。特に大帽山のまじかに迫ったときの急な坂。傾斜のきつい舗装道路だけに登りづらい。大帽山は香港の最高峰、957mの高さを誇り、山頂から見える景色は雄大なのだが、山頂には無線の大きな建物があり、立ち入り禁止となっていて、面白味に欠ける。しかも山頂には雲がかかっていることが多い。わずか957mなのに。大帽山から長い舗装道路を下ると、ツェン錦公路という道路に出る。
ここからゴールの屯門までは20kmあまり。だらだらと長いステージ9、10の始まりだ。
ステージ9は舗装道路をしばらくゆっくりと上がり、そして長い下り道となる。
さらにステージ10は大欖水塘沿いの曲がりくねった平坦な徑、引水道沿いの舗装道路を延々と歩く。それはそれで景色のいいところなのだが、変化がなく、歩くことに飽きてしまうほどだ。
この引水道というのは、いわば雨水の避難場所だ。香港の山は岩山で頂上付近は草か潅木しか生えていない。昔は木が生い茂っていたが、乱伐のために禿山に近くなったという説もある。いずれにせよ悪循環になっていて、雨は地中に入ることなく、勢いよく流れ、地表の土も流してしまう。麓近くになれば、崖崩れなどの災害の原因にもなる。しかも、香港にはもともと川というものが少なく、水がない。そのために水塘(貯水湖)を作った。引水道は水塘に雨水を誘導し、土砂崩れを防ぐ役割を果たしている。引水道は山の中腹に作ら
れているから、山すそと同じくうねっていて、だらだらと長くなる。
引水道が尽きるころ、ようやくゴールだ。階段を下りて、村の中を抜けると、小さな駐車場の一角に、ゴールの標識がある。香港のトレールコースは、500mごとに標識を設けてあり、標識を見ることによって位置を確認できるようになっている。マクレホーストレールであれば、「M001」が最初の500m、「M200」がゴールの標識だ。この標識は万が一の場合、救助のための位置確認にもなるので、必ず念頭において歩いたほうがいい。
マクレホーストレールの100kmのコースを使って、毎年、チャリティーウォーキングが行われる。他のトレールコースでも行われるが、マクレホーストレールが歴史もあり、規模も大きい。1チーム4人の編成で、48時間以内に100kmを歩く過酷なレースだ。4人がそろってゴールしなければ公式の順位がとれないので、チームワークが必要となる。
「トレールウォーカー 2000」は2000年11月10日にスタートした。900あまりのチームが参加したため、スタートは3回に分かれた。多くの日本人が参加したが、われわれの仲間からも2チームが参加し、後半の悪天候の中、36時間14分と36時間15分の記録で全員が完走した。ちなみに今年の最高記録は14時間9分。このレースの模様については、サポートした側の立場から、「妻たちの100km」というテーマで後ほどレポートする。(写真上はトレールウォーカー2000のスタート)
香港島には全長50kmの香港トレールがある。ピークトラムの山頂駅の前をスタート地点とし、香港島東南の石澳大浪灣に至る50kmだ。香港トレールは全体として、マクレホーストレールに比べ、高低差が少ない。もっとも高低差のあるのは、セクション5、
黄泥涌峽から渣甸山、小馬山、畢拿山を越えて、大風アウまでのコース。尾根伝いにアップダウンのある徑を歩くことになるが、たとえばマクレホーストレールのステージ3に比べると、はるかに距離も短く、容易だ。(写真は香港トレール、セクション2)
香港トレールは50kmを8個のセクションに分けてある。それぞれの特徴をあげると、セクション1は山頂駅から薄扶林まで、平坦、下り、平坦という徑になる。セクション2はわずかに登り下りがあるが、薄扶林から香港仔までの、全体としては平坦な徑。セクション3は香港仔から灣仔ギャップまで、セクション4は灣仔ギャップから黄泥涌峽まで、いずれも平坦に近い。セクション5は山越え、セクション6は大風アウから大潭道までの下り、セクション7は大潭道から石澳道まで引水道沿いの長い平坦な道。セクション8は石澳ピークまでは登りとなるが、あとはゴールの大浪灣まで、平坦と下り。香港トレールのゴールの標識は、「H100」となる。コンパクトなコースのため、香港トレールのレースはウォークでなく、「50kmラン」だ。
ランタオ島のトレールコースは全長70km、12のセクションに分かれる。ランタオ島東部の梅窩から始まって、西部の大澳まで行き、大澳からまた梅窩にもどるコースになっており、セクション2から6まで尾根伝いのコース、7からゴールまでは海沿いの平坦なコースだ。
セクション1はいわばウォーミングアップ、梅窩から自動車道を歩いて、登山口までの軽い登り道。セクション2は二東山、大東山(サンセットピーク)。標高747mと869m。頂上は通らないものの、ほとんど掠めて歩く。ランタオ島はいわば山塊だ。遠くから
見ると、山が折り重なり、鳳凰山と大東山が山々の上に君臨しているよう。実際、山の高みから眺める景色も、山の深さと、入り組んだ入り江、点在する島が織り成し、素晴らしいものだ。
大東山からいっきに下りれば、伯公アウという峠、ここからセクション3が始まり、また急な登り徑が続く。二つのこぶを越えれば、鳳凰山(ランタオピーク)、934m、香港で2番目に高い山。急な登りだが、距離はそう長くない。
直降下と思えるような急な階段を下ると、そこは大仏のある寶蓮寺。香港随一の野天の大仏だ。(写真はランタオピークの下り徑)
セクション4は大澳道まで、セクション5はキョン山、靈會山などの400m級の尾根伝いを歩く。セクション6は悟園から大澳までの長い下り徑。セクション7から海沿いの徑を延々と歩いて梅窩に戻る。この後半の単調な長さはやはりつらいものがあるだろう。
ウィルソントレールもまた総督の名前からつけられた。香港島のスタンレーから太古まで香港島を横断し、さらに海を渡って、九龍の藍田から新界の国境の近くまでの78km、10のセクション。海を渡るという、トレールコースとしてはかなり変則、しかもところどころで香港トレールやマクレホーストレールと重なる。
スタンレーの北側、赤柱峽道沿いにスタート地点がある。そこからいきなり急な階段を登る。標高385mのザ・ツィンズを頂上から、さらにこぶを一つ越えて、淺水湾凹まで一気に下る。そしてまた登り。階段また階段の連続だ。しかもその階段の幅、高さがまちまちだから、歩きづらいことはなはだしい。標高435mの紫羅蘭山を越えて、大潭水塘道までがセクション1。
セクション2は小馬山まで香港トレールセクション5と重なり、小馬山から北へ、変則な徑を取りながら、太古まで。セクション3は藍田を起点に鯉魚門までは街中の道、鯉魚門から東側の丘に登り、北上し、C水湾道まで。
セクション4は西貢古道という旧道を通り、九龍丘陵にはいる。標高533mの東洋山、大老山の東側に位置する東洋山から自動車道
に下り、沙田パスまで。大老山から沙田パスまではマクレホーストレールのステージ5と重なる。
セクション5は獅子山の北側の山麓、マクレホーストレールよりは低い徑を歩き、大埔公路へ。金山公園から城門水塘までがセクション6。ここでも一部マクレホーストレールと重なる。城門水塘からは水塘沿いの徑を歩き、鉛鑛凹へ、ここでマクレホーストレールと交差し、北上する。鉛鑛凹からしばらく下りると、自動車道路に出る。ここまでがセクション7。
セクション8は自動車道路を歩き、村の中を抜け、KCRの太和駅近くの街中を通る。太和からは山徑、九龍坑山に登る。
九龍坑山の山頂からセクション9が始まる。セクション9は変則的な、いかにも無理をして作った感じのいなめないウィルソントレールのハイライト。八仙嶺だ。屏風山から黄嶺、八仙嶺に至る徑はハードではあるが、歩きごたえのあるコースだ。
九龍坑山から一旦、鶴藪水塘に下り、八仙嶺の登山口にはいる。屏風山から尾根伝いに黄嶺に登る。標高639m。裾野の広がりがあり、山の深さを感じる。吐露港のおおきな灣をはさんで馬鞍山が対峙する。黄嶺からさらに歩けば八仙嶺、その名の通り、八つの小さな嶺が連なる。遠くから見れば、まるでのこぎりの歯。最後の、一番東の峰、仙姑峰、標高511m。(写真は八仙嶺の尾根道)
仙姑峰からはセクション10。このセクション10も味わい深い。階段を下りきると平坦な山徑。しばらく歩くと、森の中の旧道に出る。横七古道と呼ばれる徑でところどころに苔むした石畳の徑が残っていて、廃屋が点在する。湿地帯を抜け、南涌の村のはずれに出る。そこがゴールだ。中国との国境の灣、沙頭角海が広がる。