中国の大気汚染
●大気汚染はとても関心のある問題
中国の各種世論調査でも、もっとも深刻だと認識し関心を持っている3大項目(水質汚濁、ごみ処理)の一つ。
●人間は安静時でも一日約10m3、重量で約12kgの空気を肺に取りこむ。食物が日量で0.6kg(乾燥量)、水分が約2〜3kgと比べても、空気の量は多い。
第1章 大気汚染とは
§1 定義
●広義;正常な大気において通常存在しないような物質が加わったり、あるいは通常の存在量以上にある物質が増加している状態
●この定義の中には、自然発生源と人為発生源に分かれる。通常、公害問題としての大気汚染は、人工発生源のものをさす。
◎WHO「戸外の空気に、汚染物質が人工的に混入され、その量、濃度および持続時間が住民の大多数に不快感を起こしたり、広い範囲の健康上の危害を及ぼしたり、人間や動植物の生活を妨害する状態」
◎米国医師会産業保健会議「大気中に過剰に異常物質が存在することによって、個人の福祉に対して不利益な影響を与え、または財産に対して物質的な損害を与えるような大気の状態」
●最近話題になっている主な事例に
酸性雨
オゾン層の破壊
地球温暖化
ダイオキシン
アスベスト
などが挙げられる
(参考)基礎知識
pH値について
pH=−log[H+]
酸性を表す水素イオン濃度を示す。
pH7が中性、7未満が酸性、7より大きいのがアルカリ性。
通常酸性雨とは、pH5.6未満の降雨のことをさす。
濃度の単位について
1μg(マイクロ・ミクログラム)=10−6g=100万分の1g
1ng(ナノグラム)=10−9g=10億分の1g
1pg(ピコグラム)=10−12g=1兆分の1g
1ppm=10−6=100万分の1
1ppb=10−9=10億分の1
1ppt=10−12=1兆分の1
§2 主な汚染物質
●粒子状物質(日本での定義)
浮遊粒子状物質 10μm以下。気管以下の内部に侵入する。慢性気管支炎症の増加
特に重金属を含んだものは有毒。
降下煤塵
●ガス状物質
硫黄酸化物 酸性雨物質
窒素酸化物 酸性雨物質。最近はディーゼル車由来のものが話題になっている。肺への毒性強い。空気中の成分が燃焼過程で混入するため、制御が困難。
炭化水素 光化学スモッグの原因
一酸化炭素 不完全燃焼による。自動車の排気ガス由来が6,7割
二酸化炭素 酸性雨物質
光化学オキシダント 目の刺激、咽頭部灼熱感、植物被害。複合汚染の代表
フッ化物 代表例がフロン。酸性雨物質。オゾン層破壊。
第2章 日本の大気汚染状況
§1 現状
1)二酸化硫黄
環境基準は69年に「年平均0.05ppm以下」だったのが、72年の四日市公害訴訟判決の原告勝訴の影響で73年に「1日平均が0.04ppm以下かつ1時間値が0.1ppm以下」に改定された。
そして65年からの測定によると年平均の単純平均値は、67年の0.59ppmをピ−クとして減少を続け、70年代前半に大幅な改善がみられ、93年には0.008ppmと著しい改善を見せた。
2)窒素酸化物
環境基準は現在「1時間値の1日平均0.04ppm〜0.06ppmまでのゾ−ンまたはそれ以下であるとともに、1日平均値が0.06ppmを越える地域においては原則として7年以内に0.06ppmが達成されるように努め、また1日平均値がゾ−ン内である地域にあってはこれを維持しまたは上回らないように努める」となっている。自動車排ガス測定局のデ−タでは一酸化窒素と窒素酸化物全体の量は減少していることがわかる。これは自動車排ガスからの窒素酸化物の減少を示すものである。
しかし60年からの二酸化窒素の測定値をみるとやや増加の傾向にある。これはディ−ゼル車への規制の緩さや自動車の台数の増加など様々な原因によるものであるが、二酸化窒素の削減はこれからの日本の大きな課題であろう。
東京都のディーゼル車取締りは今後が期待される。
3)一酸化炭素
測定をはじめてから一般排出局でも自動車排出ガス測定局でも常に減少している。一酸化炭素の主な発生源が自動車の排ガスであることを考えると、自動車の排ガス規制が成功したことを示している。
4)その他の汚染物質
日本の汚染対策は、一般に初期動作が鈍い。発見時は欧米と比較して非常に深刻な状況だが、その後高技術で解決していくパターンが見られる。
ダイオキシン問題やアスベスト問題などが例としてあげられる。
§2 改善に至るまでの経緯
?自動車の排ガス規制
自動車排ガスに含まれる物質は次の通り。
CO(一酸化炭素、炭化水素)、NO(窒素酸化物)、SO2(硫酸ガス) Pb(鉛)、HCHO(ホルムアルデビド)、アクロレイン、粉塵、など
このうち、問題となったのは、主として窒素酸化物、一酸化炭素、炭化水素である。亜硫酸、硫酸ガス濃度は、脱流装置の普及や良質の重油の使用などで急激な改善を見せていた。逆に、70―72年に頻発した光化学スモッグなどを契機に、自動車排ガスからの窒素酸化物などの排出規制を求める動きが活発になった。これは、光化学スモッグが頻発する前は、自動車排ガスからの窒素酸化物はあまり問題となっていなかったことを意味する。
1)自動車排ガス規制制定の評価
日本の戦後の急激な経済発展の過程で、水俣病、四日市喘息などの四大公害をはじめとして大気汚染、水質汚濁など様々な公害問題が発生した。公害による人的被害、自然環境、生活環境の悪化、公害訴訟の長期化など経済発展の負の部分があらわれたことで、環境保全と開発が両立しなかった。その点では、自動車排ガス規制は、様々な困難があったものの、排ガスの環境基準の強化と自動車産業の発展を阻害しなかったという点で環境と開発の両立がうまくいった稀有な例であるといえよう。さらに、環境基準を克服する過程で技術革新が促進され、日本の自動車産業の発展にもつながった。したがって、自動車排ガス規制が成功したと言える。ただし、70年代後半に環境基準が後退したこと、自動車保有台数が増加したことで、現在では、NOxなどの大気汚染に改善がみられないことなどといった問題点があり、70年代前半の自動車排ガス規制に限って、成功という評価を下さなければならない。また自動車の中でもディーゼル車が多いトラックなどの大型排ガス削減率は、決して高いとは言えず、陸上運輸が発達してきた過程で交通量の増えたトラックなどが、大気汚染改善を妨げ続けている現状も指摘しておかねばならない。
2)自動車排ガス規制の動きと経緯
自動車排ガス規制の制定の契機となったのは、70―72年にかけて頻発した光化学スモッグが市民に自動車排ガス規制の要求を起こさせたこと、70年当時米国でマスキー法制定の動きがあり、米国に自動車を輸出している日本の自動車業界が、排ガス規制に関心を示したことである。自動車排ガス規制は当初、75年度、76年度規制に分けて段階的に行われる予定だった。75年度規制は、一酸化炭素2.1g(1km走行あたりの平均排出量、以下同じ)、炭化水素0.25g、窒素酸化物1.2gであり、76年度規制は、窒素酸化物0.25gであった。しかしながら76年度規制は、当時の技術レベルからみて不可能という見通しが出された。また、米国でのマスキー法実施が延長されたことで、日本の自動車業界から、規制を延長しようという動きもあったこと、73年の石油危機が起こったことによって燃費削減が目標にされ、当時は相反すると思われていた窒素酸化物削減が、企業経営を圧迫するということで、75年度規制は結局、当初予定されていたよりも若干緩和されて導入された。
50年度規制は、51年度規制の暫定値であり、51年度規制をめぐって企業、行政、市民の様々なやり取りが行われることになる。米国では、74年にマスキー法それ自体を廃止することになっていたが、日本では世論の高まりから、環境庁は76年度規制を従来通りに施行する予定でいた。企業側は基準値まで技術開発が進んでいないことを理由に規制の延期を求めていた。このような企業側に対して世論が監視する目的で、七大都市自動車排ガス規制問題調査団(東京都、横浜市、川崎市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市の七大都市からなる)が発足した。企業側が技術開発を進めると同時に規制の延期を求め、世論は規制の制定を求めて行政に働きかけた。結局、76年度規制の基準値は、78年度に延期され窒素酸化物0.25gという基準値で施行されることになった。
したがって結局、当初の予定よりも2年遅れて自動車排ガス規制が達成されたことになる。
3)自動車排ガス規制制定が成功した理由
大きく分けて、世論の力、企業の技術革新、行政の適切な役割がその理由となる。
・公害国会に代表されるように環境行政が国民の主要な関心事であったこと
公害国会が開かれたのは70年12月であり、環境庁が創設されたのは71年7月である。また、さまざまな公害関係法が制定されたのもこのころである。目覚ましい高度経済成長の中で公害が発生し、市民の環境に対する意識が最も高揚していた時期にあたる。また米国のニクソン大統領が一般教書で公害を中心にテーマを取り上げるなど、国際的にも話題となっていた時期でもあり、公害や環境行政に一般市民の関心が向いたのは当然の事といえよう。
・行政も世論の後押しを受けて比較的環境行政を押し進めやすかったこと
環境行政は、行政の一部であるから経済、開発政策とのバランスを取らざるを得ない。しかしながら、経済、開発政策、産業界の圧迫から環境行政が後退しないですんだのは、環境行政が公害防止に関心を持った市民、世論の後押し、監視があったからである。例えば、73年に起こった石油危機によって、米国のように排ガス規制が延期、廃止に追い込まれなかったのは、世論、市民の公害に対する関心の強さ、監視があったからである。
・地方自治体が大気汚染防止に積極的であったこと
51年度規制の是非をめぐって、地方自治体が調査団を発足させ、自動車業界が規制を延期しようとしていることを批判した。国際競争や経済政策を扱わなければならない国と違って、直接、被害の惨状に直面する立場にある大都市を中心にした地方自治体は、公害、環境行政に関心が高く、市民の関心を代表する形で規制の延期に反対の意向を示した。結局は、51年度規制は2年延期されたが、批判勢力として大気汚染防止に積極的であったことは、排ガス規制の成功の一要因であると思われる。
・日本の自動車業界が輸出先である米国のマスキー法の制定の動きに関心を持っており、日本の自動車排ガス規制に影響を与えていたこと
米国で、マスキー法は結局制定されなかったが、日本の排ガス規制導入時において、米国でマスキー法を制定するという動きが影響を与えたことは、否めないであろう。米国でマスキー法が制定されると日本から輸出される自動車も排ガス規制の基準を達成しなければならないことになる。米国のマスキー法の基準に達しないということは、日本の国際競争力、生産に大きな打撃を与えることが予想された。したがって、日本の自動車排ガス規制にマスキー法制定の動きが影響を少なからず与えていた。これは、逆に米国のマスキー法が延期、廃止になると、日本の排ガス規制を延期させようという動きがでたことからも推測できる。
・規制を目標にした企業の技術開発競争が激しかったこと
規制が達成されるためには、そのための技術が開発されなければならない。自動車メーカーが、最終的に延期しながらも基準を達成する技術を開発したことは、環境、公害の関心を持つ世論の圧力が大きかったこともあるが、技術力の高さと技術開発競争の激しさという要因に起因している。米国の企業が結局、技術開発できずにマスキー法が廃止に追い込まれたことを考えると、日本企業の技術力の高さ、技術開発能力の激しさは排ガス規制を成功させた要因の一つであると考えられる。
・政府の税制の役割
排ガス規制が段階的になされた過程で、規制適合車に税制面で優遇措置(自動車所得税)を与えたことは、自動車メーカーに規制適合車を生産させる一つの要因になった。したがって、政府の税制面での適切な政策が排ガス規制成功の一つの要因と考えられる。
4)まとめ
規制値をめぐって行われた技術開発競争は、結果としてエンジン燃焼技術の向上と諸触媒の開発により燃焼効率に優れた低燃費車を生み出した。79年に起こった第2次石油危機には、特に自動車が生活必需品となっている米国などで燃費の良い日本の自動車が爆発的に売れ日本の輸出を延ばした。したがって、技術開発競争を促した自動車排ガス規制は、結果として経済発展の足枷になったのではなく、むしろ経済発展に貢献した環境規制の例といえる。
?工場など固定汚染源からの大気汚染の克服
四日市大気汚染公害の事例より
1)克服までの経緯
四日市では、60年ごろから大気汚染の被害が明らかになり始め、地元住民の苦情をもとに自治会が市に対策を求める動きが盛んになったが、具体的な対策はとられず、被害者は増加する一方だった。
公害防止対策としては、まず四日市地区を「煤煙規制法」の対象区とするために派遣された調査団の勧告に基づき、排出ガス拡散希釈の促進のために高煙突化が進められた。これは磯津地区における高ピーク汚染を減少させ、気管支喘息、慢性気管支炎の新規発生を急速に減少させたが、67年以降、高煙突化によって汚染範囲が拡大するという新たな問題が生じたため、根本的な解決策が求められるようになった
。応急措置としては、重油の低硫黄化と排煙脱流装置の開発促進であった。四日市工業地帯では、69年に初めて重油脱流装置が設置され、その後さらに装置を拡大した。同年2月のSO2環境基準の設定を機に、県等は企業に対して低硫黄重油の使用を呼びかけるほか、法による排出基準の強化、監視観測体制の整備を行うなど大気汚染対策は本格化していった
。三重県では71年県の公害防止条例の抜本改正を行い、全国で最初の総量規制を実施することになった。各企業とも逐年目標を上回る排出量カットを実行したことにより、SOxの排出量は大幅に減少し、結果的に8割以上のカットが実行され、地上濃度も逐年下降を続けるようになり、76年には環境基準を達成した
。その後、78年に実施された大気汚染防止法に基づく総量規制によって、日本は硫黄酸化物汚染に関しては完全に危機的な状況を脱し、対策に成功した。しかしSOxの大気汚染を克服しただけであり、NOxに関しては以前問題が残っている。
2)どのように四日市大気汚染公害を克服したか
四日市の大気汚染問題を克服していくうえで、市民、行政、企業、そして地方自治体がそれぞれ重要な役割を果たしたといえる。
・市民の役割
四日市の大気汚染を克服する上で、市民の運動が二つの役割を果たしたといえる。一つは、その運動が行政に公害対策をとらせたことである。60年頃から住民の苦情をもとに自治会が市に対策を求めるといった動きが盛んになったが、具体的な対策は講じられずに被害は拡大する一方であった。こうした状況の中で住民運動が高まり、行政や企業に対して公害防止対策や住民救済の対策を行わせた。もう一つ重要なことは、コンビナートを構成する企業を相手取って訴訟を起こし、裁判に勝ったことである。この結果、汚染に関する企業の責任が明確になった。この訴訟は、コンビナートによる公害を問題にする最初の裁判であり、全国で発生している大気汚染公害を裁く裁判であったので、世間の関心も高かった。またこの判決は、その後の公害問題に大きな影響を与えた。
このように、市民の運動は企業や行政が対応せざるを得なくなるほど大きくなり、四日市公害を克服する上で、極めて重要な役割を果たしたといえる。
・行政の役割
政府は公害防止のために二つの役割をしたと考えられる。一つは、環境基準が達成できるように脱流装置の開発を支援したことである。低硫黄の重油確保、公害防止対策の実施のために開発実用化促進のための財政、金融面での助成措置を行うなどの役割を政府が果たした
。二つ目は、企業が公害防止投資をするような法律を制定したことである。四日市喘息公害訴訟の後に施行された「公害健康被害補償法」は、汚染原因となる業に医療費だけでなく生活補償を認めさせるものであった。これは企業が、被害対策より公害防止投資するインセンティブとなって働き、大気汚染防止が進んだ。
・地方自治体の役割
地方自治体は、市民と密着していることから、市民の被害に積極的に対応したといえる。三重県では71年に県の公害防止条例の抜本改正を行い、全国で最初の総量規制が実施された。この総量規制はSOxの排出量の驚異的な減少をもたらした。国が大気汚染防止法に基づく総量規制を設けたのは78年である。また住民救済に関しては、市が無料検診や認定患者の医療費の全額負担を行うなど住民の要望に迅速に対応した。したがって、地方自治体の積極的な大気汚染防止と住民救済措置がなされたことが公害克服の一要因になったといえる。
・企業の役割
環境基準の導入に際して、企業は政府の支援を受けて低コストの脱流装置を開発した。また、世論の高まりを受けて大部分の企業は、当初から最終目標に見合った多数の脱流プラントの導入および燃料転換を相ついで実施した。こうして、亜硫酸ガス濃度状況は徐々に改善していった。
3)まとめ
四日市の大気汚染公害を克服した要因は、大きく二つに集約されるだろう。第一に、住民の運動が世論を高め、行政、企業を動かしたこと、第二に、行政の対応が極めて適切であったことである。被害が拡大するにつれて住民の運動が高まり、公害が社会問題化した結果、行政や企業は対策を行わざるを得ない状況になった。住民の果たした役割は極めて大きかったと言える。行政の対策は、公害防止技術の開発を援助するなどして企業が達成できるような環境基準を設けたり、企業が公害防止投資をするようなインセンティブの働く制度を作るなど、有効なものであった。行政の適切な対策が、公害の克服に大きな役割を果たしたのである。
四日市地域における大気汚染対策費用は、年間147億9500万円であり、一方被害額は13億3100万円となっているが、これは後追いでも上のような対策が講じられた結果であり、もし何の対策も講じられなかった場合、年間の被害額は210億700万円となり大気汚染対策費用を大きく上回ってしまう。以上からも、公害対策投資を行うことは、金銭面の費用効果から見ても合理的な選択といえる
。
§3 キーワードによるまとめ
● 都市から周辺へ(先進国から発展途上国へ)
大気汚染の広域化
● 単一汚染から複合汚染へ
●対象療法から抜本的解決へ
エンドオブパイプ規制→ゼロエミッション構想
濃度規制→総量規制
●一般市民から中央政府へ
一般市民→マスコミ・司法→地方政府・企業→中央政府・大企業
●技術的解決から社会の構造変革へ
公害対策基本法→環境基本法→循環型社会推進法
リサイクルの普及
●地域から世界へ
四大公害→地球規模の環境問題
第3章 中国の大気汚染状況
§1 中国の大気汚染の特徴
?石炭王国
石炭は国家エネルギーの約75%。この石炭依存度は世界平均の27.3%の2.8倍。石炭のうち、硫黄分2%以上のものが2割弱。四川省、貴酬、広西自治区、山東省などの石炭は特に硫黄や灰分の含有量が高く、4〜5%のものも。しかも燃焼前の洗炭を行っているのは全体の2割、多くは脱硫処理が行われていない。海外輸出用に硫黄分の低いものを使い、自国には硫黄含有量の高い、質の悪く安いものを使っている。
民生用石炭の消費も大きい。中国東北部では冬季に暖を取るため、硫黄分の高い質の悪い石炭を使用している(硫黄酸化物排出量の17%)。そのため大気中の硫黄酸化物濃度は、冬は高く夏は低いという顕著な季節運動を示す。南部ではこの季節運動はあまり見られない。
(参考)中国の大気環境基準(大気環境質量標準)
一級;自然保護区、風致地区などに適用
二級;都市の居住区、商業区および広範な農村に適用)
三級;大気汚染の深刻な工業区などに適用
これらは3数値で測られる
年間の一日あたりの平均値(「年日平均」)
たとえ一日でも超過してはならない数値(「日平均」)
たとえ一回の測定でも超過してはならない数値(「任何一次」)
例:二酸化硫黄2級標準m3当り濃度
年日平均0.06μg、日平均0.15μg、任何一次0.5μg
(参考)空気汚染指数
50未満;1級に相当
50以上100未満;2級に相当
100以上200未満;3級に相当
200以上;3級を超える
?酸性雨について
南部地区の雨水に含まれるアニオンの80%以上は硫酸イオンが占め、硝酸イオンに対する硫酸イオンの比も高く、大気中の硫黄酸化物濃度が強く関与している。北部では大気中の硫黄酸化物濃度は低くはないが、雨水中にアンモニウムイオンやカルシウムイオンなどアルカリ成分が多く含まれ、硫酸イオンなどの酸性成分が中和されるため、pHはそれほど低くはない。北部の土壌はアルカリ性で、雨水は土壌粉塵の影響を受けて逆にアルカリ性を示す場合もある。
?二酸化硫黄について
中国の二酸化硫黄排出量は年間約2000万トン(97年;2266万トン、98年;2090万トン、99年;1858万トン。一応、減少傾向にあるものの、絶対量はすさまじく大きい)。これは日本の80万トンの25倍で、世界全体の15%。重慶市で約90万トン、貴州省74万トン、広東省55万トン。一省でアジア一国の排出量。
北方ワースト5;太原(山西省)、シ博(山東省)、大同(山西省)、青島(山東省)、洛陽(河南省)
山西省は中国最大の産炭地、他の3都市は郷鎮企業が活発なため。
南方ワースト5;貴陽(貴州省)、重慶(直轄都市)、宜昌(湖北省、三峡ダムに最も近い都市)、宜賓(四川省、揚子江上流の都市)、梧州(広西チワン族自治区)。いずれも重工業が盛んな都市。四川盆地では風が弱く気温逆転層を生じやすいこともあり、汚染は深刻。
?浮遊粉塵(総浮遊粒子状物質TSP)について
重点都市87の年日平均値55〜732μg/m3。97年;1573万トン、98年1452万トン、99年1159万トン。これも一応減少傾向にある。
北方都市の平均392μg/m3、南方都市の平均242μg/m3
北方ワースト5;蘭州、吉林、太原、焦作、ウルムチ。石炭エネルギーと黄砂が主因。
南方ワースト5;万県市、宜昌、六盤水、成都、貴陽。北方よりひどくない。黄砂が少ないのと、相対的に多雨で浮遊物が雨で洗い落とされるため。
?窒素酸化物について
北京市中心部の98年測定値は0.15から0.18mg/m3 。これは、光化学スモッグが多発していた70年前後の東京と同レベル。
北京上海などでは自動車交通量の増大のため、道路沿線で高い濃度が記録されている。窒素酸化物の起源は、原料中の窒素よりもむしろ高温燃焼による空気中の窒素が酸化されることによるもので、現象的には日本とあまり変わらない。
第4章 改善のために
この状況の対策として、以下の項目が挙げられる。
?石炭の過度な依存からの転換
石油;世界の石油市場に激変招く恐れ
天然ガス;都市ガスの普及に力点、
重慶では工業分野にも導入が進み硫黄酸化物は減少傾向(88年pH4.2→98年pH4.8、酸性雨発生頻度半減)
原子力;民衆の文化程度が高くなり、発言力が強まれば、行き詰まるかも。
その他自然エネルギー
?石炭利用に脱硫対策
バイオブリケット導入
安価でそれなりの効果を持つ脱硫装置の技術供与
洗炭技術、石炭のガス化技術の導入
中小型ボイラーを減らし技術集約型の大型ボイラーを増やす。
産炭地での発電を増やし、電力化率を向上(先進国20%)→輸送隘路問題も解決
?エネルギー効率の向上
市場経済の原理を利用
減価償却率を高めその期間を短縮、設備の代替を促す必要がある
?車輌の排気ガス規制
第5章 中国の環境問題の奮闘の様子
?99年度の中国環境状況公報より
●北京市環境汚染対策;二酸化硫黄、ニ酸化窒素、TSPがそれぞれ30.9%、7.2%、20.0%低下。
●北京上海など70の都市でガソリン無鉛化を実現。無鉛化ガソリンのガソリン全体に占める割合は70%以上に。
●炭鉱の取り締まり;昨年6回の検査で、3.12万もの違法または立地の悪い炭鉱を取り締まり、2200万トンの硫黄分高濃度の石炭を減少。
?10月10日人民日報より
98年から10年間、北京市政府は環境保護に巨額の投資を行う。北京市GDPの4%以上を占める。98年からの5年計画で466億元を投入予定。
現在、天然ガス供給能力は7億m3に達した。市内の小型の湯沸かしこんろ、れんがで造ったかまどなどは全てクリーン燃料に切りかえる。
99年車輌排気ガス基準を実施、5万あまりの期限を過ぎた車輌を淘汰し、7万6千の新車にグリーンエコマークをつけた。
99年大気汚染が三級以下の日数が75%に達した。都市部森林面積率が35.3%、郊外42%に達した。2007年には森林面積率50%に達する予定。
?10月12日人民日報より
『九五』で、生態環境改善に進展が見られた。99年、初めて環境投資がGDP1%を突破した。また全国23万の汚染企業のうち、81%が合格ラインに達した。