留学生体験記3 2001年1月
西澤奈穂子
傷を与えるもの
前回、「外れてしまった若者たち」のための施設で、ボランティアを始めることになったいきさつを書いた。今回は、この施設の中にある小さな裁判所で、初めて「子供への性的虐待」のケースを傍聴した時のことを書こうと思う。
裁判と言っても、公判を行う前に、事件が起きて最初に行われる聴聞(Hearing)のことで、たいていは5,6人だけで行う、小さな規模のものだ。虐待の場合、青少年は被害者だから、ここで有罪と決められて手続きが進んでも、彼らがこの施設の世話になることはない。それでも子供に関わる裁判ということで、聴聞(Hearing)はここで行うことになっているとのことだった。
それは、もう5件くらいのケースを傍聴して、手続きや手順や言葉遣いなどにやっと少し慣れてきたころのことだ。いつものように部屋に入ると、普段のケースの倍くらいの人がすでに椅子に座って開始を待っていた。それまで傍聴したケースでは、言葉は全然わからなくても、加害者と親とその弁護士とセラピストくらいはたいてい始まる前にわかることが多かった。しかしその日は、誰が誰なのかさっぱり検討がつかなかった。子供の「性的虐待」などという、「犯罪の中でも最も愚かで陰湿な行為」をしたその父親は誰なのだろうと、一番前に座っている人を見渡した。無意識にそれらしい人を探していた。冷たそうで、ちょっと「行ってしまっている」目つきをしている人、傲慢な顔つきと暴力的な態度をしている人は誰だろう、という具合に。そのうち裁判が始まった。
いつものように、黒いつぶらな瞳にメガネをかけた女性ジャッジが開始の挨拶を始める。彼女が罪状などを読み上げているのを聞いているうち、見当がまったく外れていたことがわかった。加害者と思っていた男性は実はセラピストであり、そしてMさんよりさらに大柄で強そうな女性が実は被害者の母親だった。なにより驚いたのは、その夫で加害者である父親が、私が最初気づきもしなかった、その母親の4分の1くらいの体重しかなさそうな、痩せた、白髪の、気が弱そうでまじめそうな、ヒスパニック系の男性だったことである。
残念ながら、英語の聞き取り能力不足もあってケースの詳細な内容を理解することができなかった。それでも印象的だったのは、200キロ近くの体格にエネルギーをみなぎらせた母親、そしてそこにいた大勢の人たちはみなその母親を助けるために登場した、彼女の家族や友人たちだったこと。実の子供に性的行為を繰り返したとは思えない、人のよさそうな小柄な父親。そして、強そうなその母親と、小さな部屋を埋め尽くす家族友人達の激しい悲しみと怒りのエネルギーを全身に受けながら、父親が長い沈黙のあとで「僕は子供達を愛している。どうしても子供達に会いたい」と小さく言って涙を流したことである。
それまで「子供の性的虐待」の論文やエッセイを読む時は、心理療法という専門のせいもあって子供のトラウマばかりに焦点をあてて考え、発生原因や「加害者」についてはあまり深く考えていなかった。考えてみれば、どんな犯罪もそうであるように、タブーを超えた行為をなすにはそれをさせてしまうだけの強く深い何かがあるはずで、その深く暗い何かは、人と人との関係の間で生まれ、行為という氷河の一角に至るまでに長い時間をかけて、いろいろな歴史を経つつ育てられてきたはずなのである。子供のトラウマも、その行為そのものについての理解なしには本当のところは理解できないのだろう。子供くらいの体格しかない「加害者」のうつむいた背中を見ながら、こんな酷な犯罪に彼を追いやった様々な要素に思いをめぐらせた。力関係。社会の中での民族的な立場の違い。こんがらがった信頼関係。家族をつなぐもののあやうさ。その間で与え合っただろう傷の深さ。人と人が傷つけ合うとき、最も深くダメージを受けるのはいつも一番弱いものであること。「愛」という言葉の意味。彼は本当に自分の子供たちのことが好きなのかもしれない。彼にとっては、彼なりに我が子を「愛して」いるのかもしれない。その気持ちと表現がここまでゆがんでしまうほど、彼自身も酷な何かを体験してきた歴史があるのかもしれない。しかし、おそらくもう二度と、彼は子供たちに会えはしないだろう。
ジャッジはすべてを聞き終えたあと落ち着いた声で、泣いている父親にむかい「父親であるあなたには自己洞察力も子供の理解も問題意識もまったく欠けている。あなたの問題は深刻です」と言った。