留学生体験記6 2001年2月
西澤奈穂子
自責
2年目のプラクティカムでは、必ず毎週一定時間の個人セラピーを行わなければならない。「セラピー」というものに対する幻想もあって、ついに自分が「セラピスト」としてクライアントとセッションを持つのだと思うと、実習先へ応募する段階ですでにプレッシャーを感じていた。だからこそ、自分がこの道に興味を抱きはじめた最初の夢に忠実なことをしようと思った。その夢とは、重度といわれる精神病と取り組んでその病の謎と意義を説き明かすことである。… なんて言うとなにかものものしいが、現実的な言い方をすれば、精神障害を持つ人たちが自身の才能をきちんと活かせる有意義な人生を送れるようサポートをするということだ。そういう夢を抱くようになったのには個人的な理由がある。個人的理由というのはもっとも熱い想いを育みやすい。あとでわかったことだが、私の2年目の実習先は、不自由な英語にも関わらず面接で力説したこの熱い想いを買ってくれて採用してくれたわけだが、それはまさにこのエージェンシー自体がそういう「熱い」人たちの集まりだからだったのだ。
ここでは「インテンシブ・ケースマネージメント」のモデルを基盤にスタッフがチームを組み、24時間体制でメンタルヘルスサーヴィスにあたる。チームには、ケースマネージャー、サイコロジスト、精神科医、薬剤師、ピア・カウンセラーがいて、全員がすべてのクライアントを知っており、週に2回、1時間半ずつ、チーム全員でスタッフミーティングを行ってクライアントの状況のチェックを行う。中心はケースマネージャーだ。3人のケースマネージャーがそれぞれ10人ずつ担当のクライアントを持っていて、ミーティングではケースマネージャーが一人一人のクライアントについて状況の説明をし、問題に対する意見を募ったり、新しいプランを提案したりする。個々のスタッフがみなそれぞれに個性的でしかも熱い人達である上に、そのチームワークの良さは抜群で実にパワフルだ。だから、クライシス(緊急事態)のない週はほとんどなく、警察と病院の精神科用救急とに何度も足を運ばなければならないような毎日でも、みんな冗談をいいあいながらとっても明るく前向きにさくさくと仕事をしている。その雰囲気がクライアントにもいい影響を与えるようで、スタッフ全員がほとんどすべてのクライアントから厚い信頼を得ている。重症の妄想型分裂病を持つクライアントが主である場所で、これだけスタッフとクライアントの両サイドが強い信頼関係で結ばれているというのはすごいことだと思う。
そんな熱く愉快なスタッフ達でも恐れている「時期」というのがある。それは12月と1月のホリデーシーズンである。クライアントのほとんどは「家族」縁の薄い人達で、家族が無いか、縁が切れているか、それが諸悪の根源であるような境遇にある。そういう人にとってクリスマスというのは、日本で大晦日と元旦を一緒に過ごす人がいないのと同じような辛い時であり、その時期を何とかのりきった1月になると症状が悪化する人が多いというのだ。年末年始で日本に帰るとき、こっちに帰ってきたら大変な状況になっているだろうから覚悟してゆっくり静養してきなさいと言われた。半ば冗談かと思って聞き流していたが、それは事実だった。
私自身も鬱になってしまうほどいろんなことが起きたが、そのなかの一つに、クライアントの自殺未遂があった。週一度の個人セラピーをしていたAさんが、ある日、私にセラピーキャンセルの電話をしたあと、セラピーが始まるはずのその時間に、自宅で大量服薬して自殺を図ったのである。
それを知った私の最初の反応は「私のセラピーが悪影響を及ぼしたのではないか」という恐怖だった。セラピーの予約時間にあわせて薬を飲んだその行為が、言葉にならない何かを私に訴えているような気がしたのだ。自殺未遂といったら、症状「悪化」の最たるものの一つである。症状を少しでも和らげるのがセラピーの目的なのに、それを防げなかったということだけでも悔しかった上、私との電話の直後にそれをしたということが、私の無能力さを示しているような気がした。私の電話での会話の何かがいけなかったのだろうか。電話する前から決意していたとしたら、どうして電話でそれに気付いて止められなかったのか。混乱した頭の中でぐるぐるとそういうことを考え続け、病院に運ばれたAさんが死なずにすみそうだとわかった時、私はショック状態のまま、スーパーバイザーでありボスでもある凄腕の所長のデスクに行って言った。「すみません。私のしていたことがなにか悪かったのでしょうか。」
彼女はまずきょとんとした顔をした。そして、「どういうこと?あなた、自分を責めてるの?」と怒ったような顔で言った。「ショックをうけてるの?」
「いえ、ただ、Aさんは私との電話の直後に薬を飲んだので…」
言葉をなくしてただ苦しそうにしている私に、彼女はその時はやさしい顔で「そんなふうに考えるのは変よ。私は逆にAさんに怒っているわよ。」と言った。そして、プロセスするための特別のスーパービジョンと、そういうセラピーを専門にしている中央オフィスのセラピストとのセラピーとを、3週にわたって設定してくれた。
その3週間でまず、私の「自責」について考えさせられた。自分の関わりある誰かのことに対して、私が悪かったと自分を責める気持ち。それに対し、「それは君の自己過信じゃないのか。自分でなんでもできると思っているのか?そんなふうに、他人の行為や人生まで自分の責任にできるほど、君には力があるのかね?コントロールできると思っているのか?」スーパービジョンなどの課程で繰り返されたこういう問いに、自分を責めている私の自分勝手さを知った。考えてみれば、このことで私が落ち込むというのは筋違いなのだ。そして、「プロ」として熱いまま働き続けているここの人たちが、いままでどれほど、自殺や殺人や犯罪や入院などというクライアントの「症状悪化」の課程になんらかの形で関わり、それを乗り越えてきたかを知った。話を聞いただけで2次的トラウマになりそうな壮絶なものもあった。それでも「自責」や自分の能力への疑いなどにつぶされてしまわずにこの仕事を続けている彼らは、他人の人生をその人の肩に載せたままでいられる力と技を身につけているように思える。そしてそれは決して冷たいことでも寂しいことでもなく、相手を個人として尊重するが故のことなのだ。
「個人的歴史」に根ざした熱い想いは両刃の剣で、力を与えてくれる半面非常にカウンタートランスファレンス(注1)を生みやすい。クライアントの「症状悪化」を自分の責任のように感じてしまうのもその一つだ。それは、それまでの人生で、私の周りの誰かに起きた不幸を自分の責任であるかのように感じていた私の無意識で自動的な反応を繰り返してもいたのである。この時以来、何かをする時自分を責めそうになると、いつもこの「自己過信」をセットで思い起こすようにしている。そうするとシリアスになりすぎずに淡々と「出来なかった自分」を改善する努力ができるように思う。