留学生体験記7 2001年2月
西澤奈穂子
面接:インタビュー
日本では今受験シーズンだろうか。ここでも今、9月から始まる来年度の入学、就職をめざしての一種の受験シーズンである。しかし、ここでの「受験」は、面接・論文と言った課程が主になるし日程もばらばらだから、「シーズン」はあってないようなものであり、様相もかなり違う。
私たちの学校でも、毎日何人かの受験生が訪れて面接を受けている。私達学生にとっても、ちょうどこの時期は来年度のインターンシップやプラクティカムのための応募期間だ。私も今日、午前中にひとつ面接を受けてきた。昼過ぎに学校に行き、図書室の中のソファーでテキストを読んでいると友達がやってきて、面接の話になった。彼女は今週と来週で4つ面接を受けるという。そのあと行ったクラスでは別の友達が、プレドクターのインターンに応募するための成績証明書をやっと手に入れたと、ほっとした顔で目の前にならべていた。全部で8つ受けるという。
アメリカに来てからいくつ面接を受けてきたか数えてみた。小さいのを除いてほぼ10回くらいであった。思い出してみるとそれぞれにとても面白かったが、そのどれにも共通している印象は、「前進的」で「現代的」と言われるこの国で、面接って以外なほどに伝統的だなあということである。人を数分で見極めようという無謀な試みを実践する方法に、ちょっとした古今東西の違いで変化などありえないのかもしれない。大体30分から1時間、大体は1対1、時々2対1、たまに2対5で、面接官が、「何故ここに入りたいのか」「この分野を志望しようと思ったきっかけは何か」「あなたの長所と短所は?」などという当たり前の質問が繰り広げられる。
その中でも、日米で違うなあと思うのは、面接に関わる人たちの「消費者文化」的な側面と「アサーティブ」さの価値の高さだろうか。面接をする側が受ける方を「選ぶ」という一方向のベクトルしか意識されない日本と違い、ここでは「選ぶ」ベクトルが双方から相互にのびている。うちの学校を受けに来る学生の様子を見ていても、面接時、「OK,あなたの質問はわかったけれど、それであなたは私のニーズに答えてくれるのかしら?」といった余裕の態度(日本人から見ると)が見え隠れしている。まっすぐ背筋を伸ばしてすわり、両手は膝に重ねておき、いかに表の顔が上手かを表現して「選ばれる」のを待つ面接と、双方が足を組みオープンな態度で「本当の私」を表現することで選び選ばれる面接の違いだ。そして、口を開かない限り、存在を認めてもらうのは難しい。
今学生をしているこのCSPPの面接を受けに来た時が、事実上初めての本格的な面接だった。1月の末、土地鑑のまるでないこの場所にオレゴンから飛行機でたどりつき、学校の紹介してくれたモーテルに宿泊して次の日の面接を待っていた時の、あの緊張は今でも忘れられない。
面接は午前に一回、午後に一回と予定されていて、その間の昼食時に校内のカフェテリアでスナックと飲み物が出され、学校側スタッフと受験者が軽い昼食をともにする。5人ずつのグループ面接だったので、合計10人の受験者と一緒になった。意外なほどみんな緊張していた。もっとも意外だったのは誰もが非常に保守的な黒のスーツに身を固めていたことである。私が入社試験を受けていた大学4年時はバブル絶頂期だったので特別だったのかもしれないが、いわゆる「リクルートスーツ」は没個性だということで色の違うソフトスーツなどがわりと受け入れられていたので、ここではもっと色とりどりかと思っていたのに、皆例外なく黒だった。ライトグリーンのパンツスーツで来てしまった私だけ妙に浮いていて恥ずかしくなったが、今更である。しかたがないと覚悟を決めた。どんなきっかけで度胸がすわってしまうものかわからないものだ。この時、ドレスコードをはずしてしまったということが、もういいどうとでもなれ的気分を私に与えてくれたようである。通じようが通じまいが何でもいいから質問し、しゃべりまくろうと心を決めた。こういう面接を経験できただけでもラッキーなことなのだから、この経験を後で活かせるよう十二分に体験していこうと決意した。
私達の面接官にあたっていた教授は、かなりの修行を積んだお坊さんを思わせる深い笑顔の先生だった。黙っていると怖い。しかし微笑むとその表情はとても深くて温かく、心が自然に開いていくようだ。こういう人が本当の「セラピスト」あるいは「アナリスト」なんだなあと妙に感心した。先生は一通り面接の説明をしたあと、そのにこにこ顔で質問を読み上げ、さあ誰から答えるかね?と投げかけた。私はまっさきに手を上げた。「英語のハンデがあるので先に行かせていただきます。」一呼吸しながら答えを探す。緊張はどこかに消えてしまっていた。たどたどしく答える私の顔を、先生は真剣な顔で見つめている。答えながら、思ってもいなかったいいアイデアまで流れ出てきて面白かった。先生は短いコメントを加えて他の人に質問を回していき、そういうふうに何題も質問のやりとりが繰り返され、1時間半くらいでやっと全部が修了した。
これでおしまいだ、おつかれさまと、先生もほっとしたような顔をしながら手もとの資料を整理して、最後に何か質問はあるかね?と聞いた。ちょっとした間があり、少し迷ったあげく私は手を上げた。「ここでこうやって他の4人の受験者の方々と一緒にいろんな問題を考えることができたのはとてもいい経験になりました。合格不合格に関係なく、これからも私はこの「心理臨床」の道を歩いていくと思うので大きな財産になると思います。それで、ちょっと大きな質問ですが最後にお伺いしたいのです。先生は「セラピスト」として成長していくために最も大切なことは何だと思いますか?」
みんな、「は?」という顔をして私を見た。先生も、一瞬目つきが鋭くなったように見えた。まったく受験面接のコンテクストを無視した質問で、大胆だったなあと今でも思うが、あの時は、本当にこれで最後かもしれないから、得られるものは何でも得ていこうという気分だったのだ。先生はまじめな顔で私を見ていたが、しばらくしてからきっぱりとした声で言った。
「Self」
そしてまたやさしい笑顔に戻って「長い道のりだよ。今日はとにかくお疲れ様。また会えることを祈っています。他に質問があったらいつでも電話しなさい。」と言って立ちあがった。
この時の面接官の先生には、入学後、いろいろお世話になりつづけ、今私の博士論文の指導教授をやってくれている。博士論文に私が選んだテーマは「日米の青少年の自我意識(Self)の発達の違い」なのだから、なんだか私はあの時から禅問答の答えを探し続けているようなものかもしれない。