森鴎外「独逸日記」のミュンヒェン

(左)Bavaria mit Ruhmeshalle gegen des Gebirge um 1850 G. Koebel
(右)2003年オクトバー・フェストWiesen広場にて
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この秋ミュンヒェンを訪れ鴎外所縁の駅前 Hotel Deutscher Kaiser に泊まり、 最終日に間に合った Wiesen のビール祭りで 1L 2杯で酔っ払い、 又鴎外の遊んだ郊外 Starnberger 湖畔の洒落た Hotel Leoni に泊まった翌早朝の雨中を、 「うたかたの記」で知られる、王と侍医を偲びながら湖岸の林間を逍遥して鴎外の足跡を訪ねてきた。 立ち寄った図書館で鴎外作品の多数が独逸語訳で出版されているのを識り驚いた。 地図では見つからぬ鴎外の下宿町 Heustrasse は今 Paul-Heyse Strasse に変わっており、 探し出した 1850 年版の市街図では斎藤茂吉が捜しあぐねた Cafe Minerva の番地が 未だ畑地だった事などが判り、調べている中に各年代の夥しい古い地図、写真、絵、 設計図が残り整理されている独逸という御国柄には驚き感心した。 「戸外を望めば、晴日テレジア牧の緑を照らし、拝焉神女の像半空に屹立す。 牧場の南、遥に山嶽を望む。」と記した鴎外が下宿の窓から眺めた女神像は恐らく、 市立博物館の古い絵にある様な、遠くに Alps/Tyrol を望む風景だったのであろう。


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