住民にとっては、その権利利益が侵害されたにもかかわらず、何らかの救済を求めることができないのであれば、「住民の地位」の保障は、形骸化および空洞化の抽象的なものとなるにすぎないといえよう。そこで、以下では、台湾アセス法と日本アセス法において、住民は、その権利利益が侵害された場合に(例えば、台湾では、第一段階の環境影響評価における説明会が開催されず、説明書の陳列および掲示を行わない、評価書の公告をしない等の場合である。日本では、方法書、準備書、評価書の公告および縦覧を行わない、意見書の受理しない、説明会が開催されない等の場合である)、取消訴訟を提起し、救済を求めうるか否かを検討することとする。ここでは、「原告適格」と「許認可に対する影響」の二つの論点に絞って検討することとしよう。
まず、台湾においては、一九九八年一二月二八日に公布されたばかりの行政訴訟法四条一項において、人民は中央または地方行政機関の違法な行政処分により、自らの「権利」または「法律上の利益」が侵害されたのを思えば、「訴願法」に基づき、「訴願」を提起したうえ(台湾では、「訴願前置主義」が採用されている)、「訴願」に対する決定に不服がある場合には、「高等行政裁判所」に取消訴訟を提起することができると定めている。したがって、原告は、「権利」または「法律上の利益」が侵害されたことを主張するだけで一般的に「原告適格」が認められる。このことはいわゆる「主張説」(注41)の内容である。換言すれば、原告が自らの「権利」または「法律上の利益」が侵害されたことを信じたことを取消訴訟の要件審理において主張すれば、「原告適格」を有することが認められる。
ところで、住民は、その権利利益が侵害されたことを「権利」または「法律上の利益」の侵害と解しうるであろうか。まず、実務上、台湾における憲法解釈の最高機関としての司法院大法官会議は、第四六九号解釈において、「法律規範の保障目的は、具体的な事例によって決定すべきである。法律上明確に特定人の権利を定めている、または法定条件に該当し、かつ、特定可能な者に、行政主体または国家機関に対する一定の請求権を与えれば、その法律規範の目的は、個人の権利を保障しているに違いない。かりに法律が公益または一般的な国民福祉を保障する規定であっても、法律の全体構成、適用対象、規範効果および社会発展の要素等を総合的に判断し、特定人を保障する趣旨が読み取れる場合には、個人はその権利または利益が公務員の職務執行の不作為により侵害されたことを主張し、その救済の請求をすることが認められるべきである」(注42)と述べている。この解釈に照らせば、台湾アセス法における住民の権利利益に関する法定の手続が履行されない場合には、住民の「権利」または「法律上の利益」が侵害されたといえよう。この理由は、以下のとおりである。
第一に、住民が「意見提出権」(九条と一二条)と「決定参加権」(一〇条)を有する立場に立てば、この解釈に照らし、これらの権利利益に関する手続が行われない場合には、住民のこれらの「権利」が侵害されたといえよう。かりに住民が「意見提出権」と「決定参加権」を有しない立場に立っても、住民の権利利益に関する規定の立法目的(注43)から導かれる規範効果からすれば、住民の意見提出とスコーピングに関する事項に対する決定参加が、環境影響評価手続と開発行為に対する許可の判断にとって必要不可欠といえるとともに、その規定の適用対象が開発行為のなされる予定地に居住する住民のみであることを総合的に判断すれば、この場合には、これらの規定により保護されている住民の「法律上の利益」が侵害されたといえよう。
第二に、台湾アセス法における「被告知者」(七条三項、八条一項二号と一三条三項)および「意見提出者」(八条二項)のような住民の権利利益に関する法定の手続が履行されない場合には、住民はこれらの「法律上の利益」が侵害されたといえるだろうか。住民がこれらの規定に基づき、何らかの権利を有しないにもかかわらず、その規定の立法目的から導き出される規範効果からすれば、住民への告知と説明会での意見提出が、環境影響評価手続と開発行為に対する許可の判断にとって欠かせないものといえるとともに、住民の地位に関する規定の適用対象が開発行為のなされる予定地の住民のみであることを総合的に判断すれば、この場合には、これらの規定により保護されている住民の「法律上の利益」が侵害されたといえよう(注44)。
これに対して、日本では、行政事件訴訟法九条によれば、原告適格は「法律上の利益を有する者」に限り認められている。そして、ここでの「法律上の利益」とは、行政事件訴訟法において、明文の規定がないため、学説と判例の展開に委ねられてきた。学説上では、「法律上の利益」を実体的利益と解する立場に立てば、「法律上保護された利益説」と「法律上保護に値する利益説」(注45)の二つの見解が存在している一方、「法律上の利益」を手続的利益と解する立場に立てば、いわゆる「参加の法律上の利益」説がある(注46)。裁判実務上では、形式的にいえば、前説が支配的見解であるが、実質上、後説に接近してきるとしばしばいわれる。ところで、「法律上保護に値する利益説」による「事実上の利益」も「法律上の利益」と解するような理論構成と「法律」という文言とが抵触するため、賛成できない。むしろ、具体的な事案に即して、個別法を解釈し、「法律上の利益」の有無を判断すべきであろう(注47)。
「手続的法律上の利益」を含んでいないとは解釈し難いので、手続規定も「法律上の利益」における「法律」の中に含まれることになるといえよう。日本アセス法における住民の権利利益に関する規定は、「被告知者」と「意見提出者」にかかる規定が「手続規定」であるといえよう。したがって、「被告知者」および「意見提出者」の地位にある住民は、日本アセス法における住民の権利利益に関する規定に基づき、「法律上の利益」を有すべきである。なお、住民はその規定に基づき、「被告知者」と「意見提出者」という個別的権利利益が保護されているといえる。その理由は、以下のとおりである。
第一に、七条、一六条および二七条に基づき、住民が「被告知者」と位置づけられている。これらの規定をみていくと、一つの共通点が見つかる。それは、公告および縦覧、説明会の開催等の行為が行われる場所は、すべて「関係地域」である。「関係地域」とは、六条に基づき、対象事業の環境影響評価を受ける地域である。したがって、「関係地域」内の住民とそうではない者とを区別できるといえよう。住民は、「被告知者」として、事業者から環境影響評価手続等にかかる情報を告知される「法律上の利益」を有すると思われる。
第二に、前述のとおり、八条と一八条に基づき、住民は「意見提出者」の地位を占めているにとどまらず、「意見提出権」を有すると思われる。それぞれ住民はこの権利を有しているため、これらの規定に基づき、個別的利益ばかりではなく、個別的権利が保護されているといえる。しかも、これらの規定により、誰でも「意見提出権」を有しているのではなく、「環境の保全の見地からの意見を有する者」が、「意見提出権」を有しているため、これらの規定によって保護されている「法律上の利益」は不特定多数者のうちの一定範囲における個人の利益といえる。そこで、住民は、その権利利益に関する規定に基づき、「意見提出者」として、事業者に意見を提出する「法律上の利益」を保護されるといえるだろう。
以上の説明を要約すれば、日本アセス法における「被告知者」等の地位を有する住民は、「法律上の利益」を有すると解すべきである。このことは、実務上の意見によっても、同じ結論に達することができると思われる。その理由は、次のとおりである。
「法律」という概念の範囲について、代表的な裁判実務上の見解によると、すでに法律、命令、すなわち条例といった規範の形式を問わない「処分の根拠法規」から「当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関係規定によって形成される法体系」にまで推移してきたのである(注48)。「権利と利益の救済」と「行政行為の適法性の統制」という取消訴訟の目的からすれば、「法律」という概念の範囲を拡大しつつ、住民に取消訴訟の「原告適格」を与えることは、賛成すべきであると思う。
この説明をもとに、まず日本アセス法は対象事業にかかる許認可の根拠となる行政法規と目的共通の関連法規における法体系の中と解することができるといえよう。理由としては、日本法三三条一項に基づき、当該事業にかかる許認可権者は、当該許認可等の審査に際し、事業者によって送付された評価書等に基づき、当該事業について、環境の保全にかかる適正な配慮がなされるものであるか否かを審査しなければならない。したがって、環境の保全がなされたか否かは、許認可の審査要件となっている。その上、日本アセス法の目的は、環境の保全を含んでいる。したがって、ある事業の許認可を規定した行政法規は、環境の保全を共通の目的としているのではないだろうか。そこで、日本アセス法は、対象事業の許認可を定めた行政法規と目的を共通する関連法規に入るといっても過言ではないであろう。
台湾アセス法においても、日本アセス法においても、住民は、取消訴訟における「法律上の利益」を有すると解すべきである。しかしながら、住民は「法律上の利益」を有するにもかかわらず、その権利利益が侵害された場合に、許(認)可を違法と解すべきであるのかが次に問題となる。
まず、台湾アセス法一四条により、事業主務官庁は、環境主務官庁が説明書または評価書を審査し終らないかぎり、開発行為を許可してはならず、環境主務官庁が開発行為を実施すべきではないと審査結果を出す場合には、開発行為を許可してはならないと規定している。したがって、環境主務官庁は、説明書または評価書を審査する際に、これらの文書の記載だけではなく、文書を作成する手続をも審査すべきである。換言すれば、環境主務官庁は、事業者が台湾アセス法に即し、説明書等の文書を作成したか否かを審査すべきである。したがって、環境主務官庁は、住民の権利利益に関する法定の手続が行われなかったにもかかわらず、開発行為を実施しうると判断したならば、この審査結果を違法とすべきである。また、事業主務官庁が、この違法な環境主務官庁の審査結果に基づき、許可をすれば、同様にこれを違法と解すべきである。
これに対して、日本では、当該事業にかかる許認可権者が、当該許認可等の審査に際し、事業者により送付された評価書等に基づき、当該事業について環境の保全にかかる適正な配慮がなされたものであるか否かを審査し、その審査を許認可に反映しなければならない(日本アセス法三三条)。したがって、許認可権者は、許認可をする前に、環境影響評価手続が日本アセス法に則するか否かを審査しなければならない。そこで、許認可権者は、説明会の未開催等の瑕疵を無視したまま許認可をすれば、日本アセス法三三条の規定に違反すると解すべきである。
住民は取消訴訟を提起し、要件審理と本案審理をパスし、許(認)可が違法と解されても、絶対に勝訴をとれるとはいえない。なぜなら、台湾では、台湾の行政訴訟法一九八条一項において、日本の行政事件訴訟法三一条一項における「事情判決」と類似の規定があるからである。許可が違法でも、その取消または変更によって公益に重大な損害をもたらす場合には、原告の損害、防止方法およびその他の事情を配慮したうえ、原告の請求を棄却することができる。したがって、裁判所は、たとえば、説明会の未開催の違法を認めたうえ、かりにその違法が許可に承継されたとしても、行政訴訟法一九八条一項に基づき、住民の請求を棄却するおそれがないとはいえない。
他方、日本では、前述のとおり、行政事件訴訟法三一条一項の「事情判決」の規定がある。裁判所は、かりに許認可等の違法性を認めた場合であっても、その取消により、公の利益に著しい損害を生じるときには、原告の被る損害の程度、防止の程度及びその他一切の事情を配慮した上、その取消が公共の福祉に適合しない場合には、原告の請求を棄却することができる。
以上の検討を要約すれば、住民の権利利益が侵害される場合には、台湾においても、日本においても、住民は、取消訴訟の原告適格を有すべきであり、取消訴訟を提起でき、許(認)可の取り消しを求めることができる。しかしながら、台湾の行政訴訟法と日本の行政事件訴訟法のいずれも、「事情判決」の規定があるために、許(認)可が違法と解されても、住民の請求は棄却されるおそれがある。結局、住民の権利利益の救済は、十分ではないといわざるをえない。この問題の解決策は、裁判所がこの「事情判決」を慎重に適用すべきである。立法論としては、この「事情判決」の規定を廃止すべきであろう。
しかしながら、「事情判決」の問題を解決したとしても、住民の権利利益が侵害された場合には、住民にとって、取消訴訟によることは、事後的な救済にすぎない。その救済の効果にはやはり限界があることは否定し難い。したがって、住民の権利利益が侵害される事前の予防をより重視するべきである。その事前の予防のために、先に述べたように、住民に新たな環境影響評価に関する審査の「決定参加者」の地位を与えるべきである。なぜなら、住民は「決定参加者」として、その権利利益が侵害されることを事前に予防することができるにとどまらず、侵害されたても、審査の決定をする前に、事業者または行政庁に回復を命じることができる。そこで、根本的に住民の権利利益が侵害されることを排除するために、住民に新たな環境影響評価に関する審査の「決定参加者」の地位を与え、住民、事業者および行政庁の三者の間における既述の「パートナーシップ関係」への強化を推進すべきである。
本稿では、環境影響評価法制度における住民の主体性の実現とその機能の発揮を検証するために、台湾アセス法と日本アセス法を素材にして、両国における住民の地位、住民、事業者および行政庁間の関係、ならびに取消訴訟の原告適格等を中心とする住民の権利利益の救済にかかわる問題について概観した。ここに以上の検討を要約すると次のとおりである。
第一に、台湾アセス法と日本アセス法における住民は、「被告知者」と「意見提出者」としての地位を有する点で共通する。他方、台湾アセス法では、住民は「決定参加者」としての地位を占めている反面、日本アセス法において住民はこのような地位を占めていない。
第二に、台湾アセス法と日本アセス法において、それぞれ住民と事業者の間は、「一方的関係」と「相互関係」である。他方、台湾アセス法において、住民と事業者の間は、既述の「一方的関係」と「相互関係」となるにとどまらず、住民は、「決定参加者」としての地位に立ち、事業者と行政庁との間に、「パートナーシップ関係」がある。
第三に、立法論としては、台湾アセス法と日本アセス法において、住民は、既述の「被告知者」、「意見提出者」またはスコーピングに関する事項の「決定参加者」としての地位を有するにとどまらず、新たな環境影響評価に関する審査の「決定参加者」としての地位を占めるべきである。
第四に、住民の権利利益が侵害される場合の救済のために、住民は、取消訴訟の原告適格が認められ、許(認)可の取消を求めることができると解するべきであるが、住民の権利利益が侵害される救済のための根本的な解決策としては、住民に新たな環境影響評価に関する審査の「決定参加者」たる地位を与えるべきである。
以上を総括するならば、台湾アセス法において、民意の重視、事業者と住民との対話の増加、住民の反対の減少および住民の関与の保障、などの四つの立法目的に基づき、「被告知者」、「意見提出者」と「決定参加者」としての住民の地位が構築されてきた。他方、日本アセスにおいて、環境情報の形成と交流の立法目的に即し、「被告知者」および「意見提出者」という住民の地位の仕組みが構成されてきた。しかしながら、これらの地位は、環境影響評価法制度における住民の主体性の実現とその機能の発にとっては、不十分だといわざるをえない。 そこで、環境影響評価法制度における住民の主体性の実現とその機能の発揮の目的に達すために、住民に環境影響評価に関する審査の「決定参加者」たる地位を与えることおよび決定参加者として、いかにして決定を行使するかということが、今後、検討されなけばならない課題であろうか。なお、住民の地位の保障が十分なものとなるためには、いくつかの周辺制度の整備が必要である。例えば、情報公開制度、NPO・NGO制度、市民訴訟保障の導入(citizen suit)(注49)等である。今後、これらの周辺制度がどのように整備されるかが、住民の地位の保障にとっては、留意すべき課題の一つであろう。
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