秋の平福川端風景・・・ようやく修復し終えたばかりのミニサイクルを、郷里の星の都さよう(兵庫県佐用町)まで輪行、百姓仕事の合間に因幡(いなば)街道宿場町平福(ひらふく)を散策してみました。平福川端風景は写真マニアの間ではケッコウ有名です。白ウサギの話がよく知られている因幡街道の宿場町は、古くから山陰と山陽を結ぶ交通の要所でした。


佐用の大公孫樹・・・佐用町平福へは JR姫新線(きしんせん)および智頭急行智頭線(ちずせん)の佐用駅、中国縦貫ハイウェイバスの佐用インターから北へ数km。智頭線には平福駅もありますが急行は停まりません。 なお、写真のかわりに親父の油絵(30号)を載せてみました。のちほどぜひTaikow Art Galleryもご参照ください。この絵は佐用駅近くの丘から平福方面を描いたもので、遠方やや右寄りに見えるのが利神山(りかんざん)、さらにかなたには中国山脈がそびえます。


秋の利神山・・・JR佐用駅から数km北上して、平福の入口付近から城跡のある利神山を望む。 秋の紅葉シーズンはとくに美しく、山頂には本丸の石垣が今も残っています。 なお、智頭線もこの方向に進み、特急スーパーはくと(白兎)は京都~鳥取間を約3時間で駆け抜けます。大阪~佐用間なら半分の約1.5時間。また、佐用から智頭までは各駅停車の旅もお勧めで、10駅約45分間に兵庫・岡山・鳥取の3県をまたぎ、途中には宮本武蔵駅(生誕地)などもあります。


秋の平福盆地・・・利神山(標高約300m)山麓に細長く広がる小盆地の秋の景観は優美。町並みは小規模ながら築城当初の名残が現存します。 平福郷土館で資料を閲覧した後は休息所道の駅でひと休み。 お弁当を食べる場所としては陣屋門跡などがお勧めです。


初夏の平福川端・・・利神城はこの地の豪族赤松氏が戦国時代に築いたといわれていますが、平福は徳川初期に城下町として設営され、後々因幡街道の宿場町として栄えました。街道のすぐ裏手にある美しい川端風景が特徴で、当時は舟が往来していたという説も根強く残っています。


こんにゃく水車・・・因幡街道からはチョット逸れるものの、利神山裏手の谷間を奥へ進んで行くと、今どき珍しい水車に出会ったりします。 佐用町庵(いおり)のこんにゃく作りは江戸時代から行われていたといわれていますが、残念ながら戦後は急激に衰退してしまいました。なお、庵側からならMTBで利神山にも登れそうです。


秋の釜須坂・・・今回の輪行の締めくくりは実家近くの釜須(かます)坂。隣の南光町側(つまり姫路方面)からこの峠を越えると利神城が見えたといいます。県道に指定されてはいるものの道幅は狭く、旧藩時代の因幡街道の様子がうかがえます。バブル時にゴルフ場や多くの別荘が作られましたが、秋の美しさは今も変わりません。


輪行用ミニサイクル・・・今回輪行したのは16インチミニサイクルSCOOMA。前後方向に折りたためるという、まるでグリコのおまけのような自転車は、なんと、走行中に止め金が外れV字形にヘシ折れてしまう欠陥車でした。思案の末接合部を貫通してシートピンで補強したため、残念ながらワンタッチが100タッチに増えて、折り畳みあるいは組み立てに要する時間は10分前後。見かけよりもはるかに重いうえ、折りたたんでもそれほど小さくならず、5段変速付きでもママチャリに負けてしまいます。途中でまごついてはと、自宅から地獄の道のりを阪神電鉄野田駅まで担ぎました。大阪駅前からは中国縦貫ハイウェイバスで佐用インターまで、荷物室に入れたままでしたから輪行といえるかどうか・・・(2001.9.20.A-design)