2002年、良かった小説(戯曲含む)


 注:普通「2002年良かった小説」と言うと、「2002年に発売された(書かれた)中で、良かった小説」のことなんですが、ここでは私が2002年に読んだ中で良かったものを紹介していきます。

 ↓一応、順位。いい意味での印象度が、基準です。

No. 本の題名、作者、感想など
『二都物語』C.ディケンズ
ロンドンとパリの二都を舞台に、フランス革命期のドラマを描いたスケールの大きい物語。多くの伏線が巧みに生かされており、細部の描写も隙がない。語り口もいい雰囲気をかもし出しているし、人物の個性が十分に描かれている。こういうのは日本じゃ書けないんだろうなあ。
『「雨の木」(レイン・ツリー)を聴く女たち』大江健三郎
ハワイの「雨の木」をめぐる短編集。「雨の木」は、さかんにメタファー(暗喩)として用いられているが、何を暗喩しているかははっきりとは示されていません。雑多な世界の中で、気高く、完全に生きていこうとする者の魂の葛藤。欺瞞を追及する眼は、やがて矛先を自分に向けずにはいられない。
『悪霊』P.M.ドストエフスキー
何を為すにも情熱を持たず、ただ自分を見つめ観察する目と、無目的に暴走する空虚な欲動だけを備えた男の物語。去年読んだ『カラマーゾフの兄弟』と同じく、ひたすら巨大な構成を持つ作品であり、もう一度読み返さないと把握できないポイントが多いです。
『午後の曳航』三島由紀夫
大まかには、エディプス的な少年の父殺しの物語。ただし、この小説はディテールの巧みな描写のゆえに圧倒的な力を持っています。例えば少年たちが猫を解剖する情景は、もはや筆舌に尽くし難いものをぎりぎりの一線で捕らえた迫真の描写です。
『新しい人よ眼ざめよ』大江健三郎
上掲した『雨の木〜』と同じ系列の作品群。ここでは雨の木は永遠の生命の象徴として描かれ、大江氏自身や氏の家族とからみあいながらの情景が展開されていく。「〜〜のだが・・・」という文末が多用されているのは、氏の特徴ですね。歯切れ悪さの中に、多くの思いが凝縮されている気もします。
『脂肪の塊』G.モーパッサン
救いの無い物語。暗いストーリー。文庫本で約70ページの短編ながら、まったく物足りなさを感じさせない見事な構成が印象的でした。(短編小説は、稀な例外を除き、物語を描ききれてないものが多いので少し残念です。日本、海外問わず。)
『チャタレイ夫人の恋人』D.ロレンス
互いの肉体の認識に基づく充足が存分に描かれ、精神的及び論理的な充足はこれに劣るものとして退けられる。その過程での心理に関する作者の法則的な説明も自然に織り込まれており、不自然さを感じません。大長編小説の利点である、《描写の積み重ねによる、言葉にできないものの表現》がしっかりと活かされています。
『マリカのソファー』吉本ばなな
描写の細かい箇所が真実の表現に満ちており、深く心を打たれました。そして作者(語り手)は感情に理性のメスを入れて自己批判することはしません。大洋感情と全能感情の理想的両立。
『アンの青春』L.モンゴメリ
「赤毛のアン」シリーズの2作目で、『赤毛のアン』は何回も読み直しているのですが、これは初めて。文体は客観的ストーリーテラーとしてのな3人称で、物語自体の持つ魅力を存分に伝えてくれます。美しいだけの物語だとしても、その美しさという点において、はかり難い価値を備えています。
10 『ゴリオ爺さん』H.バルザック
どこまでも我欲に生きるパリの人々の醜い点がリアルに描かれています。美化される人物は誰一人いません。美しい情景もありません。ひたすらに情念の深さを味わう小説。
11 『オリガ・モリソヴナの反語法』米原万里
友人(よく寝る子さま)の勧めで読んでみました。ソビエト・東欧共産圏の恐怖政治の犠牲になった人々の物語。ただの謎解き小説かと思いきや、オリガでなくエレオノーラに関して、最後に圧巻のエピソードが用意されていました。

ちなみに2002年に読んだ本の数は64冊(前年比-10)、うち文芸(小説、詩、戯曲)は41冊(-10)でした。
今年は1月から4月にかけて就職活動をしていて、その期間はビジネス関係の本を多く読んでいたためと思われます。

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