†  Diary - 2004/12 -  †

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12 / 31 (金)
雪の大晦日
 地下鉄を小川町で降り地上に出ると大雪だった。御茶ノ水の町もさすがに人手が少ない。レコードユニオンで中古CDを5千円買い、クロサワヴァイオリンで弦を1セット買い、丸善で本をチェックし、秋葉原へ。
 一之江に戻ると雪は雨に変わっていて、路面がぐちゃぐちゃで危なかった。

12 / 30 (木)
グレチャニコフの交響曲
 ナクソスでsy.1と2が1枚で。
 1番はロシア民謡を使った楽観的な曲。
 2番は毅然とした向日性が1・4楽章を支配しており、1篇の交響曲として素晴らしいまとまりを備えていた。

12 / 29 (水)
雪降る海
 王子神谷駅で南北線を降りて地上に出た時には、みぞれ混じりの冷たい雨が降っていた。しかし9時10分のラジオ体操を終えて外に出ると、もう雨は雪に変わっていた。すぐ止むか、あるいは雨に戻るかと思っていたが、雪は次第に勢いを増し、午前中はずっと横殴りの吹雪が続いた。まず芝生の部分が、次に建物の屋根が、最後には道路のアスファルトが、積もっていく雪で白くなり、空を舞う白い雪片と相まって、景色が真っ白のヴェールに包まれた。 
 仕事納めなので、14時には退社。このまま帰るのはもったいないので、風邪気味にもかかわらず、仕事の作業着を1枚私服の上に厚着して、海に出かけてみた。南北線を後楽園駅で丸の内線に乗り換え、東京駅で京葉線各駅停車に乗り葛西臨海公園駅で下車。帰りのバスの時間を確かめた後、一路、渚橋を渡り葛西海浜公園の砂浜へ。
 砂浜に舞う雪はどことなく違和感があり、珍しい光景だった。空から落ちてきた雪が音も無く海水面に消えてゆく。海面からは白い湯気が立ち、これも大気の中に消えてゆく。いつもなら遠くの沖合いに貨物船の姿がいくつか見えるのだが、今日はほとんど視界がきかない。砂にできた凹凸は西向きの斜面が雪で白く覆われている。寒さを忘れて、幻想的な光景にしばし見入っていた。

 夜、今度は蔵前橋通りの平井大橋を徒歩で渡った。もう雪は止んでいたが、吹雪に洗われて大気が澄んだおかげで、いつもより星がきれいに見えた。東京では珍しく、ぺガサスとアンドロメダの姿までくっきりと見えた。橋の下を流れる漆黒の川はいつもより水量が多く、流れが激しかった。

 橋の上から都心側を見ると、遠くには赤い光を屋上に点灯させているビルの群れが見え、その手前側には住宅地が広がる。逆に千葉側を見るとマンションと団地が並んでいる。橋の下を流れる荒川の川幅の広さと相まって、この光景は東京という都市の特徴的な一面を内容豊かに切り取ったものであるように思う。

12 / 23 (木)
N響の「第九」
 NHK響の「第九」公演は毎年ビッグネームの指揮者を呼ぶので楽しみにしているが、今年は現代音楽の巨匠クシストフ・ペンデレツキが指揮台に招かれた。
 旋律線を浮かび上がらせながら、中低音にも芯のある響きを要求する指揮に、オケが丁寧に応えていた。ダイナミクスとテンポの細やかな変化にも、オケがしっかりついていっていたのは、リハーサルの成果だろうか。高弦がやや弱かったのと、低音部に音程が怪しい箇所が散見されたのが目に付いたが、総じて集中度の高い演奏だった。

12 / 19 (日)
ホーネック+読売日響の「第九」
 

12 / 18 (土)
病院へ
 朝、起きてみたら、ひどく頭痛がする上に吐き気まで。
 昨日の転倒で打ち所が悪く、頭に障害が?! と危惧し、あわてて病院へ。脳神経外科でいろいろ検査してもらったが、幸いにも脳には異常なしとのこと。頭痛と吐き気はむち打ちの症状だそうで、安静にしていれば治るらしい。湿布を処方してもらい、しばらく安静にしていたが、体調が回復したので、夜は錦糸町へ出かけた。

12 / 17 (金)
転倒事故
 職場で水に濡れた床に滑って転び、顔面を強打した。頬骨のあたりを打ちつけたらしく、ずきずき痛むうえに、目の周りが内出血している。とりあえず帰宅して、傷むあたりを氷で冷やしつつ、就寝。

12 / 15 (水)
八代→羽田の機窓から
 朝の飛行機で八代から羽田へ戻った。
 もちろん窓際の席に座り、外の風景を眺めていた。同じデザインの住宅街が海のように広がる都市の風景が目を引くが、日本だけの特徴ではない。むしろヨーロッパの小都市などは同じ色・デザインの家屋が昆虫の体節のようにうねりながら長い列をなしていることが多い。
 しかし平野に一面に広がる住宅地はやはり日本の特徴かもしれない。そんな平野の中から、木々の緑に囲まれた丘が突然立ち上がっている。家と木が地表を隈なく覆っている。道路によって区切られたその秩序を乱すのは、少し高いところで張り巡らされた送電線だ。地上の建造物の向きとは関係なく、田畑も山も突き抜けていく。
 川が合流して一つになっているところでは、もともと違う色の水面だったのに、合流後はその中間色になるのではなく、片方の色になっていた。温度の違う水が鉛直方向に層を形成した? 海の入り江地形では、海面の色の模様から底の地形を類推することができそうだった。

12 / 13 (月)
八代出張〜ふたご座流星群
 朝からANA便に乗って八代出張。向かい風が強く、飛行時間が長引いたため、熊本空港から出ている八代直行バスに間に合わず、仕方が無いので熊本市内まで出て、JRで八代へ。
 夜、ホテルに戻るタクシーの中で運転手さんが今夜はふたご座流星群の日だと教えてくれた。すっかり忘れていた。ホテルの部屋を真っ暗にして外を見上げると、早速一つ見つかった。そこで街に出てぶらぶら歩いてみた。
 八代の夜空は、(自社のも含め)工場が多いにもかかわらず、東京とは比べ物にならないくらいきれいだった。おそらく4等星まで見えていたのではないかと思う。冬の星座の形を完全になぞることができた。ふたご座の兄弟の姿を人の形に辿ることができたのは初めてだった。そして時たま流れる流星群。町を一周してきて、ホテルの近くの川辺でしばし見上げていたが、寒さを忘れるくらい美しい時間だった。
 後で聞くと、この日東京は曇り空だったらしい。いいタイミングで出張できて良かった。

12 / 11 (土)
小澤征爾+新日本フィル
 

12 / 5 (日)
新国立劇場「喪服の似合うエレクトラ」
 他人を傷つけようとする情念ではなく、他人を求める情念のゆえに破滅が導かれ、破滅が連鎖していく物語。強い情念のために他のことが見えなくなってしまう傾向は家系の遺伝のためか?(家系の外にいるナイルズ兄妹の薄い情念が比較対象として提示されている)
 他人を求める情念の強さに対応して、他人を破滅させたことに派生する罪悪感も強い。その意味での「神=超自我在る物語」とも言える。信仰が薄れてきた近代(合衆国の南北戦争時代)で、なおかつ未だ超自我が強く残っていた、時代の端境期でのみ成立する物語。