カフカ原作の長編小説「城」が舞台上演に上がった。
入り組んだ筋書き、精細な描写、それにも関わらず描かれていない莫大な心理・・・と、かなり難解な小説であり、演劇とするのは大変難しいと思われたが、予想とは違う完璧な舞台だった。構成・演出・音楽・振付に携わられた製作者の方々と、多岐にわたる役柄を演じきった役者の方々に心から感謝したい。
村の人間のそれぞれが多くの欲望を持ちながら日々を生きていく錯綜した世界が巧みに表現されていた。長大な原作からの台詞の取捨選択、場面転換で挟まるカフカの言葉の断片、物語の中に自然に乱入してくるダンスパート(特に紳士荘でフリーダが登場する場面と、終幕直前に寝入ったKの夢の中で登場人物総出でKを訪れる場面が白眉)などの構成が実に素晴らしく、3時間半が一瞬のうちに過ぎ去った。
結局、Kが(=他の人々が)究極的に何を望んで生きているのかということは、原理的に言葉にできないということだろうか。「人は自分がそれであるところのものを言葉にすることはできない」というカフカの言葉がこの物語の核心なのだろうか。ラカンの言う「欲望のまわりを、同じ距離を保ちながら回り続ける欲望」、空白の穴としての対象αが、我々の人生の全てなのだろうか。
厭世的な気分になった。
ところで、今回の上演が非常に素晴らしい環境(稽古場借りきりとか)のもとで準備された旨のコメントを雑誌やプログラムで多く見かけたが、さすが国営事業、物理的な体勢が豊富に整っているのだろう。しかしこれだけ素晴らしい舞台を作ってくれるのだから、税金の使い道として有用であるのは間違いない。 |
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