なぜ杉を植えるのですか

 
 地球的規模で唱えられてきている環境課題も、語り合う時代から実践する時代へ
と移りつつあります。森林環境において日本では、環境保全に対するノウハウはす
でに充分すぎるほど用意されています。ところがここ10年、20年の環境保全対策 
を眺めてもわかる通り、森林の健全化は一向に進まず、人の目に付きやすい里山 
まで環境悪化が拡大し、何とかしなくてはいけないという市民の気運が高まりつつ 
あります。その裏付けとしてここ数年の森林環境問題に取り組む一般市民やボラン
ティア団体の設立曲線を見ていただければおわかりでしょう。          
これらの団体の活動対象樹種は雑木林(天然林含む)と人工林(主にスギ林)の
どちらかに分かれていて、それぞれ調査、研究、実践等を行っています。数では前 
者が圧倒的に多く、参加人数もかなりの割合です。私たちの会も含めて、もともと  
その道の素人の集まりが殆どで、休日を利用した活動ゆえ、薄暗い単一種の人工林
よりも多様植生な雑木林の方が体感的にも心身が癒されることでしょう。また子ど 
も参加型のイベントは、昆虫の生育数などを考えても雑木林の方が楽しいにちがい 
ありません。                                
 
20年程前までは雄大な天然林が潤っていた
 私たちウッディ阿賀の会の活動内容は人工林の手入れがほとんどです。人工林の
手入れを行う団体が少ないからあえて行っているのではなく、板や柱を生産する為
でもありません。前途したように、人工林であれ雑木林であれ手を加えなければい
けない森林は至る所にあります。遠目には緑豊かな美しい森に見えても、一歩足を
踏み入れてみたところ的確健全に手入れされているなと思われる森林は、近隣の里
山に置いて未だ見たことはありません。ウッディ阿賀の会が活動のエリアにしてい
る新発田市荒川地区保安林(土砂流出防備、水源涵養指定地内)においても同じこ
とが言え、それがたまたま人工林なのです。                 
 また、当会は既存の森林の手入れだけではなく、山そのもの地質、地力、傾斜、
方向、積雪、周辺植生等についても総合的に調査、実践を行っています。その1つ
に毎年600〜900本程のスギ植栽を行っています。当地の保安林面積は400
(ha)、そのうち約2(ha)を数年間でスギ人工林化していく予定にしています。なぜ
このような保安林でスギを植えるのかとよく質問されます。文章で答えるのはなか
なか難しいですが、私たちの一般的な認識としては、水源地においてブナやミズナ
ラ等の大径木が優勢である森を、あえて伐採しスギを植えることは考えられませ 
ん。また、伐採などで一見では裸地に見えても母樹(ブナなら50年以上)となる
木が的確に配置されていて、林床*1に障害がなければ再生能力があるため自然に
任せておけば良いでしょう。活動場所にしている保安林面積400(ha)の大半はこ
のように天然林や再生林がほとんどで、人の手を入れなくてもそれなりに充分公益
的な機能を果たしている山なのです。                    
 ところがこの2(ha)の斜面は、かつて周辺同様に天然林だったのですが、20年
程前に全伐されました(パルプ原料として総伐。当時はおそらく保安林指定される
前)。その後一斉にササ種が斜面を覆い、萌芽も成長過程で急傾斜を流れる雪圧に
より延びては折れ、延びては折れを繰り返している。まれに延びているように見え
る幼樹も樹幹は横に寝てササとツルに著しく虐められていました。全伐したので母
樹による天然林更新もありえません。                    
 
できないベストよりもできるベターを!あくまでも目指す極相林は天然種
 さて、そこでどうしてスギかという本題なのですが、どうせ地拵えをするのなら
ばスギではなくブナやヤマザクラ等の雑木を植えれば良いのではと言う意見もあり
ました。 水源地に必要不可欠である腐葉土の源としては落葉広葉樹が良いのは常
識です。しかし今すぐこの場所でそのような雑木を植栽し、以前のような健全な林
に成長し水源機能を果たすまでには最低でも120年から150年以上の年月がか
かります。しかも全伐したため傾斜的、地質的にも土砂流出に対し抵抗力が弱いた
め、成長過程においてそのような被害にあったら更にその年月は延長されることで
しょう。
 そこで水源涵養と土砂流出防備保安林としてその機能を1年でも早く発揮するた
めに当会はスギの特性を利用して元の森林へ再生していくことにしました。以下は
スギの特性とその手順です。

    項目   林齢 ブナ(天然林) スギ(人工林)
成立本数(ha当たり)
 
 50年 多い 少ない
 100年 少ない 少ない
胸高直径
 
 50年 細い 太い(ピーク期)
 100年 太い 太い
樹高
 
 50年 低い 高い(ピーク期)
 100年 高い 高い
根の総延長
 
 50年 短い 長い(ピーク期)
 100年 長い 長い
CO2の吸収量
 
 50年 低い 高い(ピーク期)
 100年 高い 高い
土砂の崩壊を防ぐ力
 
 50年 低い 良(ピーク期)
 100年
土壌の保水機能
 
 50年 低い 健全林なら良
 100年 健全林なら良 健全林なら良
資料1 ブナ(天然林)とスギ(人工林)の比較表

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再生の手順
@、スギを植栽して約10年間は下刈りを行う。                        
A、下刈りが終了した翌年に除伐、枝打ちを行う。                      
B、植栽後20年くらいに、天然(雑木)の幼樹がスギの隙間や雪害淘汰されたと  
   ころから延びているので、比較的伸びの良い樹種や間隔を考慮して残存木とし、
   他を除伐する。同時に強めのスギ間伐と枝打ちを行う。                
C、スギは雪圧に虐められながら成長するので、素材生産対象木にはならない。天 
   然年林はそのスギに守られながら生長する。(混合複層林)             
D、植栽後30年と40年にそれぞれスギの間伐と枝打ちを行う。少し強めの間伐  
   にする為、一層林床に陽光が入り天然林の稚樹生育を助長する。このころスギ
   の生長率のピークを迎える。                                
E、植栽後50年を過ぎるとスギの成長は一段と劣り、代わって天然林が本格的な 
   成長期を迎える。これ以降は雑木の生長に、もはやスギは邪魔にならないが、 
   スギに守られながらゆっくりではあるが天然林が生長していく。           
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 これと似たような手法は他にも行われており、昨今の水源林再生ブームにより特
に豪雪地においては成果を上げています。我々は幾度となく、健全な天然林の伐  
採、または再生途中にある天然二次林を強引に地拵えをし、強制的にスギ人工林に
してきた現場を見てきました。私たちウッディ阿賀の会はあくまでも公益的機能を  
十分に発揮する森づくりを目標に掲げていますので、ボランティアだからといって   
ある特定の個人や地域のみに有益の働く施行や、健全な天然林の伐採等は決して
行いません。そして人の手を加えなくても十分再生能力のある山は出来るだけ自然
の力に任し、過去の経緯からその再生能力すらも奪われた山は少しでも早く再生す
るための努力は惜しみません。そのために、私たち会員一人一人が山を見る目、森
を診断する知識を養っていく必要があるのではないかと思います。           
 
*1 林床:林内において樹木の根元に群生している植生種。林床がササ種で覆わ
れるとその下層は陽光が届かず、母樹から飛んできた種が稚樹に至らない。
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資料2 浅根性樹種、深根性樹種の例


浅根性樹種
針葉樹 ヒノキ、サワラ、カラマツ、ヒバ、ツガ、エゾマツ、コウヤマキなど
広葉樹 ブナ、ミズキ、シラカシ、イチイガシ、カバ、ヤマハンノキ、イヌシデなど

深根性樹種
針葉樹 アカマツ、クロマツ、モミ、ヒメコマツ、アオモリトドマツなど
広葉樹 ケヤキ、カシ、クヌギ、カツラ、ミズナラ、コナラ、トチ、マデバシイなど


*スギは、浅根性・深根性の中間と考えられる
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資料3 積雪層の移動を抑える森林

 
斜面がカヤ、ススキ、ササなどの草地だけ で覆われている場合、積雪層が緩やか
に下方へ移動する際、植物体が完全に倒状してしまいます。こうなると、地面の積雪
層の摩擦抵抗が減って、裸地の場合よりもかえって雪崩が発生しやすくなります。
 低木地でも、同様に雪の圧力によって木が曲がってしまい、移動を抑えることが難
しくなります。
 したがって、積雪層の移動を抑える高木(ある程度以上の高さと太さをもつ)が生
えて いることが、雪崩を防ぐための条件となります。
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             引用、参考文献
1)前田禎三、宮川清、谷本丈夫 新潟県五味沢におけるブナ林の植生と
                      跡地更新 335号
                    林業試験場研究報告書 1985
2)阿部和時 樹木根系が斜面崩壊防止機能の評価方法に関する研究 373号
                   独立行政法人森林総合研究所 1997
3)鈴木和次郎 ブナ林における天然更新施行の検討 
                      奥只見地域からの事例調査 337号
                   林業試験場研究報告書 1986
4)平成10年度 林業白書 林野庁
5)平成12年度 林業白書 林野庁
6)国土緑化推進機構 森林ボランティアのための森の知識と安全なふれあい方
7)石川県林業試験所 いしかわ森林図鑑 
8)東京電力(株)尾瀬と東京電力 貴重な自然を守るために 
9)土屋恭次(元林業試験場長)=編 人がつくる森のはなし
                      第一プランニングセンター 1983
10)島崎洋路 山造り承ります 川辺書林 1999
11)真紫孝司 くらしと森林「災害を防ぎ、くらしを彩る」
                     (社)全国林業改良普及協会 1999
12)真紫孝司 森をゆたかにする間伐
                     (社)全国林業改良普及協会 2001
13)林業新知識「鋸谷式・新間伐マニュアル」
 (社)全国林業改良普及協会 2001

               従来の杉林のイメージ             混合複層林