○ 地球を覆う「エコ連鎖危機」 ― 成長と安定伴う低炭素化めざせ ―
( 出典 ; 朝日新聞本社主幹 船橋洋一 2008年7月7日(月) 朝日新聞 )
33年に及ぶ主要国首脳会議の歴史で、今回の洞爺湖サミットほど、燃えさかる地球経済問題をまるごと放り込まれた例はない。 経済(エコノミー)・金融と環境(エコロジー)・エネルギーが複雑に絡み合って危機の連鎖を生むエコ連鎖危機が地球を覆っている。
日本の低金利と米国の急速な利下げによるマネーの過剰流動性がドル安と石油、食糧の価格暴騰をもたらし、サブプライム危機後の金融システム不安と景気後退の中、インフレを噴出させている。 加えて、地球温暖化が、水と農業と疫病の危機を深め、世界の最貧国を直撃している。
G8は、産油国に石油増産を、中国に石油需要抑制を、産油国と消費国の双方に石油開発投資増大を訴えるが、温暖化対策では、炭素コスト、つまり化石燃料価格を高め、脱石油を進める以外ない。
供給力と実需と投機の関係をどう見るかも厄介だ。
世界の石油生産の逓減と、その先の石油枯渇を視野に、産油国が虎の子の資産を最大限高く売りつける”最後のあがき”の局面に入ったのだろうか。 それとも金融不安で行き場のなくなったホットマネーが石油を投機のおもちゃにしているだけなのか。
いまの石油価格が投機によって沸騰点以上に沸騰させられていることは間違いない。 しかし、G8首脳がそろって価格引き下げを強いれば、大暴落、ひいては世界不況を引き起こしかねないことへの懸念もぬぐえない。
エコ連鎖危機は、複雑に結節しているだけに、G8の政策協調をさらに難しくしている。 日米欧の金融政策強調は恐ろしいほど機能していない。 福田首相はいまの世界経済を「ガラスの城」にたとえる。
今回のエコ連鎖危機を「米中が震源地」(G8首脳の一人)と見る向きもある。 米国発の金融危機と中国発のエネルギー買い占めが世界経済を脅かしているというほどの意味だ。 両国とも京都議定書の枠組みの外にある。
その上、国家による石油・ガスの”囲い込み”と食糧の”抱きこみ”が急である。 世界の石油埋蔵量の8割はすでに国営石油企業が握る。 いたるところ、食糧安保論が声高に叫ばれる。 世界の自由貿易がむしばまれつつある。
第2次世界大戦後の米国中心の国際経済秩序と冷戦後の米国一極の国際政治秩序がほころび、世界はグローバル化するにつれ、無秩序と無極化の様相を呈している。
エコ連鎖危機に、どのような政策理念で臨むべきか。
成長と環境を両立させなければならない。 成長は必要である。 20世紀前半の2度の大戦は、成長、そして、市場と自由貿易が、世界の安定と平和にとって不可欠であることを教えた。 それはなお真実である。 開発途上国にとっては、成長・発展は体制・政権の存在理由でもある。 20世紀後半の世界経済の成長は中東の安い石油の増産によって実現したが、その前提はもはや崩れた。 しかも、石油依存成長は産油国の貧富の格差増大と強権政治の跋扈(ばっこ)を生み出す。 それは「石油の呪い」と呼ばれる。
温暖化が進めば、貧富の格差はさらに拡大するだろう。 国連開発計画(UNDP)は、「温暖化は貧しい人々とまだ世に生まれ出ぬ人々、つまり政治的な声がほとんどないか、まったくない二つの層を犠牲にする」と指摘する。
格差を是正するためにも成長と安定を同時に追求する。 公費補助の職業再訓練や強固な社会保障を用意する。 そして、低炭素社会の実現を目指す。 成長、安定、低炭素を世界経済の指導理念に据える政治意思を示すことだ。
中国、インドの台頭に伴い、G8サミットもいずれは改編を迫られるだろう。 それらの新興経済大国が、京都議定書後の排出量削減の国際的枠組みに加盟し、責任を果すようになれば、G8への加盟を拒否すべきでない。 もちろん、米国の枠組み加盟を前提とした議論であることは言うまでもない。
日本は何をするべきか。
潜在成長力を引き出し、地方、女性、若者の所得を高めるため、改革、開放を一層進める。 環境・省エネ・新エネで世界最高水準に立つ。 その成果を新興国、途上国に”リサイクル”させる。
1973年の第1次石油危機によって、戦後の日本の高度成長は終った。 しかし、日本企業は省エネに乗り出し、危機を乗り越えた。 その歴史的意義をリー・クアンユー・シンガポール元首相は次のように述べたことがある。 「石油危機で日本の繁栄は終ったと思ったが、間違いだった。 逆に日本は本物の経済大国となった。 日本の経済発展はアジアの指針になると確信した」
再び日本にとって正念場が訪れている。 エコ連鎖危機の挑戦を、森と海と太陽と技術の日本文明の低炭素フロンティアを拓(ふら)く機会、と前向きに受け止めるべきである。
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