○ 復興から創造へ
  ( 出典 ; 「 農村振興 」第746号 平成24年2月15日発行  農林水産省農村振興局局長 實重重実 <さねしげ しげざね> )

 東日本大震災とそれに続く原発事故、更には度重なる台風災害により、被災された方々に心からお見舞い申し上げます。 震災の被災地では、現在なお行方不明者の捜索が行われているなど、胸の痛む状況が続いており、被災は今も継続しているという認識を持って、被災者の方々と共に歩んで行きたいと考えております。
 昨年の大震災と原発事故によって起こったことは、日本社会を根底から揺るがしました。 3月11日以前と3月11日以後とでは、時代が変わったのだという認識を私たち日本人の一人一人が持たなければならないのだと思います。
 3月11日の震災以降、農林水産省においては、省内一丸となって全力で対応するため、非常事態の体制がとられました。 大臣室に毎日50名もの幹部が一堂に集められ、各部署が直接、鹿野大臣からの陣頭指揮を受けました。 まず、被害者の捜索・救助、そして被災者への水と食料の供給が切迫した課題でした。 原発事故が生じてからは、食料の安全性の確保が重要な課題となりました。 また、農地や施設を復旧し、被災者の生活を支援するなど、早急に対応しなけばならない課題は、多岐に及びました。 職員は寝食を忘れて、懸命に取り組みました。
 まもなく震災から1年を迎えようとしておりますが、その間、日本の社会がまさに一丸となって、復旧復興に努力してきたと思います。
 震災は、16道県に及ぶ非常に広範な被害をもたらし、津波によって冠水した農地だけでも2万400haに及びました。 私たちは、大臣の指示により、何とか3年間でこれらの農地をおおむね復旧し、営農再開に目途がつけられるようにするということを目標にしました。 これを具体化するために作ったのが、「農業農村の復興マスタープラン」です。
 このマスタープランには、「農地復旧可能性図面」として、主な被災県と市町村別に、何年度にどの地区の農地まで復旧するのを目標にするかということが色分けして示してあります。 また図面とともに、年度別の工程表も示しました。 営農再開を待つ間、被災農業者の方々の生活を支援するための方策も掲げてあります。 これは、市町村が具体的な復興計画を作成する際の参考としてお示ししたものであり、国としての姿勢と目標を呈示したものです。
 こうして発表したプランに基づいて、被災農地の除塩や水利施設の復旧に取り組んできました。 本年1月1日には、直轄の仙台東土地改良建設事業所も発足し、6つの国営事業を所掌して、本年春の作付けに向けて稼働しています。
 この間、全国各地の農村振興技術者の方々におかれましては、続々と被災地に結集していただき、技術的な面で自治体や地元関係者をサポートしていただきましたことにお礼を申し上げます。 地震・津波被害に続く台風被害でも、技術者の方々の現場での支援が大変役に立ちました。
 初年度よりも2年度めには、ヘドロが堆積していたり、施設が損壊していたりする、一層難しい地域での工事が必要となります。
 私たちとしては、被災農業者の声、現場でのニーズに耳を傾けて、極力その意向をくみ取りながら対応していく考えです。 全国の技術者の皆さんも、引き続き、ぜひお力を貸していただくようお願いします。
 原発事故による福島の被災地におきましても、除染の取り組みが始まっています。 農水省では、昨年来、試験研究機関による実証試験を行ってきましたが、今後は、農地について工事レベルでの現場実証が始まります。
 放射能汚染のために故郷を離れて暮らさなければならない被災者の方々からは、除染こそすべての復興の基礎であるとして、期待が寄せられています。
 復興は、元の状態に戻すだけでは終わりません。 被災者の一人一人の方に、自分が思い描かれていた未来があるでしょう。 そうした一人一人の希望が結集されて大きな街づくり・村づくりのビジョンとなり、それがやがて実現されていくように行政としても努力して行かなければなりません。  食料・農林水産業という観点から見れば、東北地方は、重要な食糧基地であり、また、農業や漁業が地域の産業として大きな位置を占めています。 復旧・復興を通じて、未来を見据えた第一次産業の姿や地域の魅力が、新しく創造されるようにしていかなければならないと考えています。

 震災からの復興を通じて、国民が公共事業を見られる視線が、変化してように感じます。 我が国は、太古の昔から、火山や地震、豪雨や洪水の多い島国であり、だからこそ住民が災害から身を守るために一致団結してきたわけです。 1億人を超える世界有数の人口も、こうした水や自然からの災害を防止し、水や動植物の恵みを活用し、自然と共存するという知恵と工夫の積み重ねの成果であり、このことを通じて豊かで多彩な食料が産み出されてきたからにほかなりません。
 1億人を超える国民が、この列島の上で、安心して暮らしていくためには、国土を保全し、国土を創造し、そして災害のときにはこれを復旧してまたそこから立ち上がっていくという公共事業は、欠かすことのできないものです。 そうした認識を、国民全体が、今、新たにしつつあるのではないでしょうか。


 最後にこうした「 国土の創造 」という観点をゲーテの「 ファウスト 」がみごとに描写しているので、掲げさせていただきたいと思います。
 「 ファウスト 」はゲーテの畢生(ひっせい)の大作であり、老いた碩学(せきがく)のファウストが、悪魔と契約をして若返り、様々な世界を経巡ります。 「 とまれ、お前はいかにも美しい 」と言ってしまったら、魂を悪魔に譲り渡すというという契約なのですが、様々な世界で多様な経験をしてもその言葉を発することのなかったファウストが、最後にその言葉を発するのです。 それが国土の建設、われわれ風に言えば、農業基盤整備でした。 物語では悪魔が魂を召還に来るもを天使らが阻止するのですが、この文章の結びにあたり、ファウストは発した言葉を引用させていただきます。

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 「 あの山の麓に沼がのびていて、これまで拓いた土地を汚している。 あの汚水の溜りにはけ口をつけるというのが、最後の仕事でまた最高の仕事だろう。 そして己は幾百万の民に土地を拓いてやる。 安全とはいえないが、働いて自由な生活の送れる土地なのだ。 野は緑して、よく肥えて、人も家畜も、すぐに新開地に居心地よく、大胆で勤勉な民が盛り上げた頼もしい丘のまわりに平等に移り住むだろう。 外では海が岸の縁まで荒れ狂おうが、中の土地は楽土となるのだ。 潮が力ずくで土を噛み削ろうとしても、万人が力を合せて急いで穴をふさぐだろう。 そうだ、己はこういう精神にこの身を捧げているのだ。 それは叡智の、最高の結論だが、『 日々に自由と生活とを闘い取らねばならぬ者こそ、自由と生活とをうくるに値する。 』
 そしてこの土地では、そんな風に、危険に取り囲まれて、子供も大人も老人も、まめやかに歳月を送り迎えるのだ。 己はそういう人の群れを見たい。 己は自由な土地の上に、自由な民とともに生きたい。そういう瞬間に向かって、己は呼びかけたい。『 とまれ、お前はいかにも美しい。 』と。
 己の地上の生活の痕跡は、幾世を経ても滅びるということがないだろう。 そういう無上の幸福を想像して、今、己はこの最高の刹那を味わうのだ。 」   ( 高橋義孝訳・新潮社 )


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