○ 印旛沼開疏意見 (抜粋)
( 出典 ; 「 利根治水協會會報 第四號 」 明治三十五年八月十五日 利根治水協會發行 千葉県栄町教育委員会教育総務課 蔵 )

     印旛沼開疏意見            工学博士  古市公威

     第一  印旛沼の概況      略

     第二  利根川洪水の關係   略

     第三  印旛沼の利害      略

     第四  既往の事蹟       略

     第五  問題の現況       略

     第六  計畫の要項       略

     第七  掘鑿及埋築       略

     第八  各種の工事       略

     第九  工事の方法及工費   略

     第十  事業結果

印旛沼開疏の事業は 之に着手したること已に三回にして 皆中途に挫折したり  第一回の失敗は 資金の欠乏に基因し 第二回及第三回の失敗は 寧政治上の失敗と稱すべきものなり  將來に於ては事業其の物に就て失敗の原因となるへきものを見さるのみならす 其の終局に至りて利益の大なることは疑を容れさる所なり
印旛沼の水面積は 現時の低水に二千九百四十町歩にして 其の周囲に約九百三十町歩の野地あり  故に印旛沼の開疏に依り長戸川を閉鎖したる後は 水面積及野地面積の約一割 即三百七十町歩を排水路に充て 三千五百町歩を開墾に供するを得 外に検見川海岸に於て得る所約八百町歩あり、 合計四千三百町歩の土地を工費惣額金三百六十萬圓にて購入したるものとせは一町歩の價格は八百三十七圓餘にして 敢て不廉なりとせす  但他に開墾に伴ふ費用を要すれとも 亦一方に於て器械費の如きは全然消滅するものにあらすして 其の一部は復活すへきを以て開墾の爲に尚費用を支出することありとするも其の額は僅少なるへし  又印旛沼沿岸に於ける2千町歩乃至4千町歩の水害は長戸川の閉鎖と共に全く跡を絶つへく 其の利益や莫大なり  况や他に水運の發達するあり 衛生に裨益するあり  印旛沼の開疏は實に有數の國家的事業なりと云はさるへからす  故に其の實行を見るに至るは期して俟つへし
以上述ふる所は 印旛沼開疏の事業完成を告けたる後の結果にして 茲に計畫する如く單に疏水路を開通したる結果は之に異ること勿論にして 其の大体は左に掲くる如し
疏水路の開通に依り得る所の土地は 保品平戸間に於て百四十町歩 検見川海岸に於て八百町歩 合せて九百四十町歩に過きす 他に印旛沼沿岸に於て水位の低下に依り開墾に供すへき土地若干町歩を得へしと雖も 之を要する工費の償還に充つへき直接の財源は薄弱なりと云はさるへからす  然れとも間接の利益は决して小なりとせす 其の第一は利根川及印旛沼沿岸の水害を輕減すること是なり
利根川の高水工事竣功の前に於て其の洪水量の一部を他に分水するを得は 其の水位を低下し其減水時間を短縮するを以て 利根川及印旛沼の沿岸に於て疏水路の開通一日も速なるを希望するは言を俟たす  然れとも利益の程度は問題の頗複雑なる爲めに 精確なる數を以て之れを示すこと能はさるを遺憾とす  但左に計算する所は参考の價値あるものと認む
洪水の際に於ける疏水路の水位を 敷より十八尺の高に達するものとせは 其の流量は少くも一秒時四千立方尺なり 假に之を四千立方尺とし 而して利根川洪水に於ける状勢は 分流の爲めに毫も變更する所なく單に其の流量を減したるのみとし 之に依て明治十八年の洪水に於ける田川地先の水位を算するに 其の低下は約四寸にして甚大ならす  然れとも實際に於ては 長戸川に於ける逆流の状勢を一變すへきを以て 最高水位に對する結果は右に止まらさるへし  又減水時間に關しては更に著き結果を得へし 疏水路の洪水流量を四千立方尺 低水流量を四百立方尺とすれは 減水期に於ける平均流量を一秒時二千二百立方尺 一時間七百九十二万立方尺と假定するを得へし  之に依て明治二十九年九月の洪水に於ける吉高の減水速度を算するに一時間平均約一分五厘を得 之を利根川に依る減水に合すれは減水時間は四百時に達せすして二十九年に比すれは三百時以上を減す其の影響する所必大なるを信す
右治水上の利益の外に水運の開通に依り農工業の受くへき利益鮮少ならす 又利根川の洪水の逆流量を増加するを以て 印旛沼に於ける泥砂の堆積を促し 他日の開墾を助くるあり 又開墾に關する工事に就ては疏水路開通の結果を見たる後 其の計畫を定むるの利あり 是等の利益を湊合すれは利根川の第二期高水工事に先たち疏水路の開通に着手するを得策なりと認む 宜しく當局者に於て行政及財政全般の觀察に依り詳に得失を講究して起工の時機を决定すへし

   明治三十四年九月
               工學博士  古  市  公  威

     附 記       略



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