○ カハボタル
( 出典 : 「口訳 利根川図志」 赤松宗旦 著 阿部正路・浅野通有 訳 1978年6月10日 崙書房 発行  成田市立図書館 蔵 ) 

巻  四 

カハボタル  この地方の言葉に「カハボタル」というのがある。これは「亡者の陰火」であるという。形は丸くて、大きさは蹴鞠のようで、その光は、蛍火の色に似ている。夏や秋の夜にあらわれる。雨の夜に特にたくさんあらわれる。水の上を、一、二尺(五、六十センチメートル)離れて、いくつも飛びまわる様は、あたかも水上をフラフラ歩いているようだ。あるいは集まり、また散り、そして時には高く、またある時は低く、走る時には、矢のように早い。長雨の時は、特に、夜な夜な無数にあらわれるのを見る。
 また、花島山には、龍燈[海中の燐光が、燈火のように連なり、あたかも光る龍のように見えること]がのぼることがある。こうした陰火や龍燈の類は、いろいろの本にたくさん見えるが、そのなかでもっとも詳しいのは、春暉が『西遊記』に記した筑紫のしらぬ火や、また越後の国の新道村の飯塚氏の話しを、鈴木牧之老人が『北越雪譚』に書きとどめた頸城郡米山の龍燈である。[春暉は、橘南谿。伊勢の人。医を業とし、歌文を好んだ。文化二年(一八〇五)、五十三歳で没。なお、「龍燈」については『北越雪譜』巻之二に「しらぬ火といふも世にいう龍燈のたぐひなるべし」と前置きして、八海山に八月朔日の夜にかぎっての龍燈や米山の御針に龍燈があがるのは六月十二日の夜といった記事がみえ、「海よりも出、山よりもくたる」とある。]
 ここにもう一つの奇説をあげておく。
 義知が壮年の頃、印旛沼のほとりの吉高(『和名抄』に「印旛沼吉高」という)にいたとき、それは五月の末であったが、友人が来て、今宵は空も晴れてたいへん静かなので、慰みに釣りに行こうとう。私も、これ幸いと思い、早速仕度をととのえ、二人連れだって河岸に行き、思い思いに小舟に乗って沼のなかばまで至った。そこで、友人の舟と十間ばかりへだてて棹をつき立て、舟をつなぎ釣糸をたれていたところが、やがて、もはや夜中と思われた頃、にわかに空がかき曇り、周囲は朦朧としてもの寂しくなった。まもなく大風が吹き起こり、雨も降り出し、まわりは本当に真の闇となってしまい、十間ばかり離れていた友達の舟も見えなくなってしまった。これは不思議と思っているうちに、かすかに遠い水中から一つの青い火が、ひらひらと燃えあがった。これこそあの亡者の陰火だいう「カハボタル」に違いないと思って見ているうちに、それはだんだんと私の方に近づいてきた。逃げ帰ろうと思ったけれども、風が強くて舟を動かすこともできない。衣服は濡れてぞっとするような気配である。、心を静めて友人を呼ぼうとしたが、声も出ない。どうしたらよいだろうかとためらっているうちに「カハボタル」は私の舟の舳さきに乗ってきた。これはかなわないと思ったけれども、どうしようもなく、ただ目を閉じて一心に念仏を唱えるばかりであった。しばらくして雨は止み、風も少しは静まったので、こわごわ目を開いてみたところ、はや「カハボタル」はどこかえ消えうせて、空も少し晴れてきた。友人の舟も元の場所にいた。この時になってはじめて声を出し、友人に今の「カハボタル」を見たかと問うと、友人は「私もみたけれども、あまりのおそろしさにものも言えなかった」と答えた。ようやく人心地がついたので、早々とわが家に帰ってきた。
 翌朝、漁師たちが大勢いるところで、右の話をくわしく語ったところ、漁師たちが、口々に言うには、「そのくらいのことは、たびたびのことだ。われわれは、一昨夜、漁に出たところ、例の”カハボタル”が舟に乗ってきた。その時は、仲間が大勢いたので、怖ろしいとは思わず、舟棹で力まかせにたたきのめした。すると「カハボタル」は砕け散って舟一面が火のようになった。「カハボタル」は舟中になすりつけられ、例えようのないほどなまぐさい臭いがした。。それはまるで油のようでもあり、膠(にかわ)のようでもあった。ぬるぬる、ぴかぴかとして、なかなか落ちなかった。みんながより集まって、やっと洗い落した」ということであった。
 またそのうちの一人が言うには、「四、五前のことだが、私がある夜、投網うちの艫漕(ともこぎ)[船尾の方を漕ぐ役目]として出かけたところ、例の”カハボタル”がいくつともなく無数に出てきて、舟の近くを、ふわふわと飛びまわった。網とりは、強気の男であって、この時、小声で私に命令を下した。私もうなずきながら、舟をあやつり、例の”カハボタル”を追いかけまわした。網とりは、網を小脇にひきかまえて、舟の舳先に突立って、頃あいをみはかり、ここだ!とばかり網をうちこんだところ、案にたがわず、”カハボタル”の一つを網の中にとらえることができた。その時も、なまぐさい臭いはたとえようもなく、網の中は、一面に青い火となり、おまけに”カハホタル”はやはりぬるぬるしてどうしても落ちなかった。どうしようもなくて、手でもみ洗いしたところ、今度は、その手が二、三日もなまぐさい。だから、一昨夜も、皆が大勢で舟を洗ったけれども、私は、以前にこりていたので、それといわずに、手をつけなかったのです」と言って、おおいに笑うのであった。
 例の「カハボタル」というあやしげなものを生け捕りにして、その形や性質を初めて明らかにしたのは、実に印旛沼の漁師だということができる。




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