○ モールト ― 途方もなく優しい音の職人 ―
( 平成23年10月3日(月) 朝日新聞 文化の扉 )
* 36年足らずの生涯で、残した曲は600以上、教会から漏れきこえてきた秘曲を1回聴いただけで譜面にしたり、オペラの序曲をたった一晩で仕上げたり。
その人間像に大衆の目を開かせたのが、英国の劇作家ピーター・シェーファー原作の映画「 アマデウス 」(1984年)だ。 凡人の代表格たるサリエリが、モーツァルトの作品の崇高さと下品な言動とのギャップに翻弄される。
お人よしで社会性に欠け、下ネタ大好き。 それらは確かに、手紙や伝記から伝わるモーツァルトの実像ののものだ。 しかし、人々の喜びに徹底して奉仕する性分は、彼の音楽の本質と相反するどころか、実はことごとく重なるのだ。
* 天才を読み解くキーワードは何か。 モーツァルト研究家の高橋秀郎さんは「 優しさ 」と語る。
就職活動のため、母とふたりで向かったパリから、モーツァルトは父に悲しい手紙を送る。 「 母さんが重い病気になった 」。 そのとき、母はもうこの世を去ってた。 自分の苦しみを吐くより先に、まず父のショックを少しでも軽くすることを考えるのだ。
この途方もない優しさは、オペラ「 ドン・ジョバンニ 」にも。 主人公を追い回すストーカー女のため、モーツァルトは劇的な名曲を追加する。 不実な男と知りつつひかれてやまない女心に「 うんうん、つらいね 」とクラリネットがモーツァルト自身の声のごとく寄り添う。 「 どんな人間もクールに眺めつつ、深く愛せる不思議な才能があった 」と高橋さんは言う。
* モーツァルトが世を去る1791年、欧州は大きな価値観の転換を迎えていた。 89年にフランス革命が勃発。 芸術も「 私 」を前面に押し出すロマン派へと一気に傾斜してゆく。 ナポレオンに心酔し、交響曲第3番「 英雄 」を書いた熱血漢のベートーベンはわずか14歳下。 モーツァルトは、音楽がひたすら人間の幸福に奉仕していた時代の最終ランナーでもあった。
音譜をよく眺めると、どの曲でも、小さな音型を徹底的に活用しているのがよくわかる。 音の動きが紡ぐエネルギーに軽やかに従うから、無駄がなく筆も速い。 そこには巧みな職人芸があるだけだ。
ベートーベンやワグナーの楽曲は、「 個 」が立つゆえ政治やプロパガンダに利用されがちだが、モーツァルトの音楽はあらゆる束縛をすり抜ける。
工学博士の糸川英夫は「 モーツァルトと量子力学 」で、自然の原理を映すからこそ、モーツァルトの音楽は時代を超えて人々を励ます、と書く。 高橋さんは「 人間の力をもって神の矛盾を突き上げることのできた唯一の芸術家だった 」と語る。
個性や斬新さを主張しないところにこそ、真に非凡なものが宿る。 これもまた、自然の摂理なのかもしれない。 ( 吉田純子 )
― どこか寅さんに似てる ― ( 数学者 秋山仁さん )
今日はモーツァルトの取材だっていうから、朝から張り切って美容院に行って、映画の「 アマデウス 」のモーツァルトと同じ髪形にしてきたんですよ。 子供っぽくて無邪気、不器用で浪費家。 共感するところが多い男ですね。
そもそも音楽と数学は、兄弟みたいなものなんです。 音階上の、限られた数の音でつくるのが音楽。 つまり、結局は順列組み合わせなんです。 料理と同じ、共にさじ加減で人を魅惑する世界でもある。
その意味で、モーツァルトの音楽は理想の「 定理 」です。 余計な音がなく、本質のみをとらえている。 それでいて、とろけるような隠し味までつけてみせる。
モーツァルトって、どこか寅さんに似ているんです。 明るさの中に、ふと寂しい表情をのぞかせる。 人を愛する天才で、常に人を喜ばせることを考えていた。 そうでなければ、数百年も愛され続ける曲なんて書けるはずがない。
シンプルで美しい真実ほど生き残る。 そう証明したのが数学ではピタゴラスであり、音楽ではモーツァルトだった。 俳句や短歌にも通じる世界。 僕も、そんな定理をいつかきっと見つけてみせます。