○ 日本のアオコ ー 湖沼に生息する太古の住人 ー
アオコの正体
経済活動の発展にともなって、都市近くの湖沼や池では富栄養化が進み、アナベナ属、ミクロキスチス属を初めとする「 藍藻 」による植物プランクトンが大量発生するようになりました。 それらが池や湖の表面に浮かび上がり、水面に緑色の粉を浮かべたような、あるいはペンキを流したような状態になることを「 アオコ 」と呼びます。
この現象は、湖や池の水がプランクトンの大増殖によって赤色、褐色、藍色、緑色など、様々に色付く「 水の華 」のひとつに数えられます。
その水の華現象として、皆さんが良くご存じなものに「 赤潮 」があります。 東京湾や瀬戸内海沿岸のような富栄養化した海域に、植物プランクトンの一種である渦鞭毛藻類が大発生して、水の色を赤褐色に変えてしまう現象です。 これは何も日本特有の現象ではありません。 アラビア半島の西側に広がる海「 紅海 」では、やはり藍藻類であるトリコデスミウム属の藻が大発生し、広大な海水面を紅く染めてしまうことからそう呼ばれるようになったものなのです。

■ 人とアオコ
赤潮と同様、アオコもまたその有害な部分がクローズアップされることが多いようです。 事実、アオコにはカビ臭、肝臓毒、神経毒などの有害な化学物質をつくるものがあって、大発生すると深刻な問題が起こる場合があります。 アオコの大発生によって、養殖している魚が死に大きな損害を引きおこしたとか、水道水がカビ臭いとか、アオコが腐って悪臭が漂ったなどといった事例はこれまで新聞紙上などにしばしば取り上げられてきました。
なかでも特筆すべきは、1973年、霞ヶ浦で起きたアオコの大発生によって、水中の酸素が欠乏し養殖鯉が大量死した事件や、1991年、オーストラリアのニューサウスウエールズを流れるダーリング川流域で、1000km以上にわたってアオコが大発生し、それによって数百頭に及ぶ家畜が死亡した事件、さらには数年前、ブラジルの病院で有毒アオコが発生した水を人工透析に使ったために、透析患者50人余りが死亡した事故などがあげられるでしょう。
しかし、その一方でアフリカのチャドやエチオピア、さらにはメキシコのアルカリ塩湖で発生するアルトロスピラ( =スピルリナ )と呼ばれるアオコは,古くから蛋白源として現地の人々に食されてきました。 たとえば、メキシコのテスココ湖では、アステカ族の人々が食料としてアオコを利用していたことが16世紀の記録に残されています。
現代でも1960年代にチャド湖のスピルリナがヨーロッパに紹介され、1970年代には食料として量産するための研究がフランスや日本で開始されました。 現在ではタイ、アメリカ、台湾、イスラエル、オーストラリアなどで工業的に量産化され、健康食品として販売されています。
同じアオコといってもその種類は多く、有害な種がある一方、人間にとって有益な働きをするものさえいるのです。
■ アオコの戦略
アオコの名所というと、たとえば中央線の市ヶ谷あたりから見える江戸城の外濠、皇居の二重橋あたりの濠、霞ヶ浦、印旛沼、手賀沼、諏訪湖、琵琶湖の南湖、伊丹の昆陽池などきりがないほどです。 また、身近なところでは日当たりの良い公園の池などでも多く発生しています。 たとえば関東から西の地方のアオコは、ミクロキスチス属と呼ばれる藻類が主体となります。ミクロキスチスは湖水の温度が20℃になった頃から増え始め、真夏にかけてその発生がピークに達します。
では、なぜアオコは水面を覆うようにして繁殖するのでしょうか。 アオコもまた、他の植物性プランクトンと同様、太陽の光エネルギーで光合成をして繁殖しています。 そこでアオコは、他の様々な植物プランクトンとの生存競争に打ち勝つために、細胞内部の「 ガス胞 」と呼ばれる浮き袋を使い、太陽光を十分に利用できる水面近くのポジションを確保します。 ふつう、植物プランクトンにとって水面近くの真夏の日光は強すぎて生長に阻害を来すのですが、アオコにとっては問題がありません。
さらに驚くべきことに、水面を覆うことで水中に差し込む光を遮断し、他の植物プランクトンの生活を不利に陥れるのです。 これによって水中はアオコ以外の生物が住みにくい環境になってしまいます。
■ アオコでわかること
◆ アオコの衰退
秋になり、水温が20℃を下回るようになるとアオコは急速に衰退し、冬から春にかけてほとんど消滅しますが、そのシステムもまた興味深いものがあります。
アオコの住む湖水にはアオコを分解して生活するアメーバを初めとする微生物がいて、アオコの増加にしたがって増えています。 秋口まではアオコとアオコ分解生物の量はバランスを保っているのですが、夏が終り水温が20℃に近づいてアオコの増殖速度が落ちてくると、分解生物の相対的量が勝ってアオコは急激な衰退あお起こすといわれているのです。
◆ 観察のすすめ
このようにアオコは興味深い生態をもつものの、人間に対して、あるいは環境に対して深刻な影響をもたらしかねない種もいます。 アオコ問題の解決を叫ぶ声が日増しに高まっていることも忘れてはなりません。 その解決のためにも。まず必要なのは発生したアオコの種を見分けることでしょう。
そこで、皆さんの身の回りの日当たりのいい公園の池、城跡の濠、浅い海跡湖などでアオコが発生しているのを見かけたらぜひ採集、観察し種の同定をしてみたらいかがでしょう。 この本ではアオコ採集の方法から観察、分離及び培養法、種レベルの同定法まで必要な知識と手順が記載されていますし、これまで日本の湖沼で採集され報告されたアオコ形成藻、13属47種類の特徴を写真と図版でまとめてありますので、手順を踏んで、それらの種の同定を試みて下さい。
それこそアオコは、人類よりもはるか昔から地球で生き延びてきた、いわば「 太古の住人 」とでもいえるような存在です。 アオコの観察をしながら太古の地球に思いを馳せるのも一興では ‥‥。
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