○ 佐久知穴(さくぢあな)
( 出典 : 「口訳 利根川図志」 赤松宗旦 著 阿部正路・浅野通有 訳 1978年6月1日 崙書房 発行 成田市立図書館 蔵 )
巻 四
佐久知穴 印旛沼の広いところ。吉高の東北、七、八町(約七、八百メートル)ばかり沖の方に、大小の穴が五つある。その北にあるものを「佐久知穴」といっている。穴の大きさは、直径三間(五、六メートル)ばかり、深さは知ることができない。水がおびただしく湧き出て、水面から一、二尺(五、六十センチメートル)も吹き上げるため、遠くからもよく見える。夏になれば、この穴の中へ、イナ(鯔(ぼら)の小さいもの。長さ六、七寸=二十センチメートルほど)が多く集まる(投網(とあみ)でとる)。
私はある日、友人と誘い合って、三人づれで投網をたづさえ、小舟をあやつらせてかの「佐久知穴」をめざして行ってみた。するといつも出漁している漁師三人が、穴の側に舟をつないで、煙草を喫っていた。私たちもそこへそろそろと舟を漕ぎ寄てたところ、先着の漁師たちがいうには、「今、網を打ったばかりだから、暫らく待った方がよい。あなた方は、どれほど投網が上手であっても、この佐久知穴の魚は、一匹でもとることはむずかしい。そのうちに、私たちがとってあげるから、見物していてほしい」という。これは幸いなことだとばかり、まず、そこにふねをつなぎ、竹筒に用意の酒があるので、それをとり出して私たちも飲み、漁師たちにも与えた。漁師たちもたいへん喜んで、弁当の中に、酢味噌(すみそ)があるといって、笊の中から、今、捕(と)ったばかりのイナを十四、五匹とり出した。そして、網を補飾(つくろい)する小刀を使って、板子の上で料理した。この魚を食べてみたところ、普通の魚と違ってその美味なること言葉で尽せないほでだった。
だいたい、この魚はとるとすぐ死んでしまうので、わずかの間でも生きたままにしておくことが難しい。だから、川のほとりの人びとでも、漁師でなければ生きたままの魚を食べることはむずかしい。
酒を飲みながら漁師がいうことには、この佐久知穴は、どこの漁場だという様な定めがないのから、誰が網を打ってもいいのだが、手馴れない人は、一匹の魚もとることができない。だから、手馴れたものが網を打って、その一網にかかった魚を得るのがもともとからの習慣だと語った。
この漁師たちは、年々夏になると、佐久知穴にばかり行く漁師なので、昼も夜もここを離れずに漁をするのだといわれている。
さて、時間もいいというので、漁師の一人が網をたぐり、そろそろと舳先(へさき)の方にゆき、頃ををうかがって網を投げたところ、魚は、網の竜頭のところに、真白になって集まっているのが見えた。これを見て、皆は、踊りあがってほめたたえた。さて、この一網の魚を、漁師たちは残らず私たちにくれた。私はたいへん喜んで、さっそく家に持ち帰って数えてみたところと、百二、三十匹もあった(佐久知穴に魚が沢山集まることは、これで知ることができるはずである)。
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