○ これからの里山 ( 出典:グリーン・パワー 2004年10月号 四手井綱英 )

 いまや里山は、農用林としてはほとんど無用のものになってしまった。 田に柴を踏み込むこともなければ、下木や落葉から堆肥を作り田畑に入れることもない。 木灰を最有力なカリ肥料として灰小屋に蓄え、適時施用することもない。 あれだけ農業と密な関係を保っていた農業専用の森林地帯が、農家から無用のものと決めつけられるようになった。
 原因は、化学の発展により農業用の肥料も薬剤も、すべて化学製品に変わってしまったからだ。堆肥も木灰もまったく使われない農業の時代になり、里山と農地の関係はすっかり絶えてしまった。 農家の庭や片すみにあった灰小屋も、皆つぶれてしまった。 この状態を、農家や農業技術者や研究者は、誰でも農業の進歩だという。 はたしてそうだろうか。 私には、多分に疑問が残る。
 こういう状態になったのは、そう古いおとではない。 戦争中は、なんといっても戦争遂行が主目的で、農業技術のような平和時の技術はなおざりにされ、皆がもっぱら戦争に直接役立つことに専念した。 敗戦後は、この種の圧迫はすべてなくなったので、平和科学・平和技術・平和産業が急速に発達した。 その一つが、農業技術であった。
 そして成功したのが、すべて化学肥料と薬剤処理で作物を生産することだった。 これは一応成功して、水稲栽培も蔬菜栽培も、今までの有機肥料にほとんど依存しなくても、りっぱな産物ができるようになった。 この科学の進歩は、堆肥という有機肥料を無用のものにし、誰も里山からの堆肥を作ろうとしなくなった。
 ただし、それだけなら、まだ救いの手が伸びるかもしれない条件が残っている。 それは、農地の土壌中の有機物が極端に少なくなってしまうと、農地として使えなくなってしまう心配である。 有機物のまったくない土に変われば健康な農業はできなくなることが、大いに憂慮される。 この意味では、里山は農業を支えるものとして必要なのだ。 しかし今は、堆肥の給源も森林以外に求められている。
 一方で、里山そのものが、利用の停止後にすっかり変貌してしまった。 最大の原因は、戦後日本に侵入したと思われるマツノザイセンチュウ(材線虫)がおこす松枯れ病によるマツのの集団枯死であった。 里山林の主体であったマツ、とくにアカマツの成木は、南西日本から始まり、中部地方を経て東北地方の南部まで、ほとんど全滅に近い被害を受けた。 若木は松枯れ病にかかりにくく、老木・成木はやられやすいので、里山が使われなくなったのと、被害木が放置され焼却などの処置が取られなかったことが、病気の蔓延を助けた。
 マツの枯死後は、収奪されなくなった土地の富栄養化の進行に平行して、マツの下に混生していたナラなどの落葉広葉樹が生長して、まず薪炭林のような林相となった。 もちろん、マツの種子が林内で発芽・生長する環境は失われた。 さらに、付近にドングリの供給源があれば、しだいにカシやシイの常緑照葉樹林へと移行しつつあるのが、少なくとも南西日本での状況であった。 ところが、ごく最近は、予期しなかった出来事が、この理論通りの遷移を攪乱しつつある。
 それは、里山の各所に点在していたモウソウ・ハチク・マダケなどの竹林が、やはり利用されなくなったために、四方に地下茎を伸ばして拡大を始め、周囲の里山林を蚕食しつつあることだ。
 筍から出発する新しいタケは、伸びきるまでは光が不足しても生長を続け、周囲の林冠上に達することができるので、しだいに周囲の森林を枯らす。 その勢いは非常なもので、かなり生長したスギやヒノキの植林さえやられてしまう。 竹林の拡大は指数関数的に進行するので、手入れされなくなってかなりの年数を経た最近十年くらいになって、拡大がにわかに目立ちはじめ、各地で問題となってきたのだ。 これに対する有効な抑制策は、まだ確立されていない。
 タケの問題はさておいても、日本に大きな面積を占める里山のすべてを、自然の遷移法則である照葉樹林化を防ぎ、特有の景観と生物群を保存しようとするなら、おそらく低林(ニーダーワルト:ドイツ語)として管理し、薪炭林ないしそれに代わるバイオマス・エネルギー源として利用してゆくほかはないだろう。 木をそのまま、あるいは燃やしやすい加工燃料として発電する試みが提唱され、研究が進んでいるが、木の燃費などの検討がもっと必要ではないだろうか。
 私は、里山林の大規模利用については、かなり懐疑的である。 スウェーデンの田舎で、谷の水を利用して、小さな水車で自家用電力を作り、余りのあるときは製材をしたり粉を挽いたりしているのを見たが、これなどは、ちょっとした里山のよい利用法だと思った。 要するに里山の利用は、大々的なものではなく、考えられるのはもっとつつましいものだ。 ( 以下 略 )



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