○ いんば沼の汚れ対策 ー私たちのできることー
( 出典 ; いんば沼《第31号》 平成22年5月31日(財)印旛沼環境基金発行、 著者 ; 本橋敬之助(農学博士) )
いんば沼の水質は、平成17年度にCOD( 化学的酸素要求量 )を指標として、8.1mg/lを示し、11年ぶりに全国湖沼水質ワースト5の仲間から脱出し、ワースト8まで改善された。 この朗報に流域の住民たちは、自分たちのそれまでの努力が報われたとして喜躍した。 しかし、それも束の間、翌18年度は8.6mg/lと、再度、ワースト5の仲間に舞い戻り、第4位にランクされた。 そして19年度は、さらに悪化して11mg/lと、全国湖沼水質ランクでは、よもやのワースト1になってしまった。 しかしながら、20年度には8.5mg/lと急減し、水質ランクもワースト6に好転している。
このように、いんば沼の水質は、最近、想定を逸した形で目まぐるしい変化を示している。 この理由については、関係者は、主にその年の天候に基づき沼に発生した藻類( 俗にアオコと称されている植物プランクトン )の多寡が大きく影響していると指摘している。
もとよりCODは、水中の有機物質を強力な酸化剤( 例えば、過マンガン酸カリウムなど )を用いて酸化分解した際に消費された酸素量を表すものであり、その値は、有機物質の多寡を示す指標として用いられている。 そして湖沼の中の有機物質の由来としては、大きく二つ、すなわち一つは流域を源泉として、直接あるいは流入河川等を経て湖沼に運ばれてくる陸域由来、もう一つは湖沼内で生産された湖沼由来のそれぞれである。 このうち、後者については、専門の分野で”内部生産”と称されているが、俗にはアオコと巷で称されている藻類( 主として植物プランクトン )を指している。
いんば沼における藻類の生産とその抑制・・・・・
いんば沼は、流域背景が異なる北いんば沼と西いんば沼に二分されているが、藻類のCODに占める割合、要するに内部生産は北いんば沼で43.3%( 昭和60〜平成19年度の平均 )、西いんば沼では47.3%とほぼ同程度である。 このことは、いんば沼におけるCODは、藻類の発生を限りなく抑制することによって半減も決して夢ではないことを意味している。 しかし、その抑制は、現実的には、一筋縄ではいかないところに悩ましさがある。 その一つは、藻類の大量発生の引き金となる水温を低めに抑えるとか、また光合成の活性化を促す日照時間を短くするとかいう要因を私たちの心意気だけでは自由に操ることのできない地球規模での問題であるからである。 そして二つ目は、藻類の発生をもたらす窒素およびリンの削減に決定的な対策が見当たらないからである。 しかし、一方では、これに関連して、いんば沼の窒素およびリンの増加は、元々、私たちの生活を含め社会の一般活動に起因した結果であることから、その削減については、私たちが、少なからず関与できることに救いが残されている。
ところで、いんば沼の窒素およびリンの供給源であるが、これについては沼内の潜在的発生源となっている沼底と、流域における土地利用の二つが深く係わっているとみなされる。 このことから、以下では、これらの源における窒素およびリンの削減対策について触れ、そしてその中で私たちができる方策を探ってみる。
底泥から溶出する窒素およびリンの対策・・・・・
いんば沼の底泥には、これからもかなり長きにわたり、藻類の大量発生を招くのに十分な窒素およびリンが蓄積されている。 しかし、これらの栄養塩類が藻類の生産に利用されるかどうかは、底泥から水中への溶出挙動(回帰)と密接に関係し、そしてその重要な鍵を握っているのは、底泥の直上水中の溶存酸素の有無(好気度条件)、要するに好気条件か、または嫌気条件かにある。 この詳述については、この拙稿の意図するものではないため、ここでは簡単に触れ、他の専門書に委ねることにする。
先ず、リンの溶出は、底泥の直上水が好気条件であるならば、溶出はほとんど無い。 しかし、嫌気条件では、限りなく無酸素状態に近づくに従って溶出量およい速度がともに大きくなることが知られている。
次に、窒素の溶出は、リンの溶出挙動とは異なり、ただ単純に底泥中の間隙水と直上水における濃度差に基づく拡散によって生ずる。 しかし、溶出する窒素形態は、底泥直上水中の好気度で異なり、もし直上水が好気条件ならば、主として硝酸態窒素、また直上水が嫌気条件ならば、主としてアンモニア態窒素のそれぞれで溶出する。
いずれにしても、底泥が条件次第では、窒素およびリンの大きな潜在的発生源となり得ることは、以上の事実から理解されると思われるが、それらの負荷削減に対して私たちが個々に対策を講じることは、不可能に近い。 このような事情もあり、自治体は、その抜本的対策として浚渫事業を細々と行ってきたが、最近、その費用体効果が疑問視され、いま流行の事業仕分けの格好の対象となりかねない。
と、するならば、私たちは、いまの状況以上に窒素とリンを底泥に蓄積させないため、僅かといえども流域から沼に流出する栄養塩類を少なくするようなことを自分たちの生活の中で知恵を絞り、実践する以外に方策はないといえる。
流域における窒素およびリンの削減対策・・・・・
沼の汚れをもたらす汚濁物質の流域における発生源としては、系別には、大きく三つに分けられる。
・生活系 : 下水道、合併処理浄化槽、単独処理浄化槽、
し尿処理場、農業集落排水施設
・産業系 : 特定事業場、一般事業場、畜産(牛、馬、豚、鶏)
・自然系 : 山林、水田、畑、市街地等、公園緑地
ここで、これら系別の個々の汚濁源のうち、藻類の大量発生を招く窒素およびリンの発生源ワースト5をみると、平成20年度では、表1に示すとおりである( 資料:千葉県環境生活部水質保全課 )。
窒素については、先ず畑と水田がランクされているが、これらからの負荷は、ほとんど肥料由来である。 このことから、その削減に対して私たちができることは、減肥によるエコ農産物を積極的に選び、地産地消に努めることである。 そして併せて、農家が実施している農法や品質管理等については、常に関心を寄せ、またでき得るならば農業現場に行き、農産物の工程を視察することである。 このことは、自ずと農家の減肥や減農薬による自然に優しい環境保全型農業への移行を促すとともに、農家に対してエコ農産物は、必ず消費者に受け入れられることの確信を抱かせ、結果として農地から沼に流失する窒素とリンの大幅な削減に結びつくことになる。
次に、窒素発生源のワースト5の中にランクされている市街地等、合併処理浄化槽および単独処理浄化槽であるが、前者は後述のリンの負荷削減と関連して触れることとして、後者の2つの浄化槽における負荷削減については、まさに私たちができ得る、否、責務として行わなければならない重要な対策である。 このうち、合併処理浄化槽については、現在、通常型と高度型と称される二つのタイプがあるが、窒素および後述するリンの削減には、後者の高度型が必須である。 これに対し、通常型は、単独処理浄化槽と同様、窒素およびリンの処理能力はほとんどない。 一方、単独処理浄化槽にいたっては、公共用水域の水質悪化を招く根源として平成12年に環境省は、昭和58年に制定された「浄化槽法」を改正し、その新規設置を禁止するに及んだ代物である。 このことからしても、私たちにとって、通常型合併処理浄化槽と単独処理浄化槽の高度処理浄化槽への変換は、まさに責務といえる。 もちろん、この転機にあたっては費用が掛かるが、現在、その転換に対する自治体の補助制度はかなり充実しているので、居住地のある市町村の関係窓口で相談していただきたい。
最後にリンの削減についてであるが、ワースト発生源の中には、表に示したように、畜産(豚)と特定事業場がランクされている。 これらの源から発生する負荷削減には、私たちは云々する余地もなく、専ら「 水質汚濁防止法 」や「 湖沼水質保全特別措置法 」などの関連法令等、さらには「 千葉県環境保全条例 」などに基づく規制に委ねる以外になす術はない。 このため、これらに関する言及は避け、窒素のワースト発生源と同様、ワースト5の中の上位にランクされている市街地等からの負荷削減について述べることにする。
一般に、市街地等からの負荷削減対策は、降雨にともなう汚濁物質の沼への流失防止対策そのものを指しており、その対策には大きく分けて、「路面の清掃による堆積負荷の除去」、「合流式下水道における越流水量の低減を図る雨水排出量の制御」、「簡易雨水沈殿施設および砂ろ過施設の設置などによって流出雨水の処理」、そして「都市排水路流末での植生などによる都市排水路対策」の4つが考えられている。 そしてこれらの中で私たちがすぐにもできる対策は、言うまでもなく路面や敷地などの清掃である。この清掃による汚濁削減効果は、ある調査結果によると、路面堆積負荷の90%を清掃で除去した場合、雨天時の最大流失負荷量(BOD)の8〜9割を削減できるとされている。
もはや、ここまで述べてくると、私たちが今、いんば沼の汚れを少しでも改善することができる術は、何はともあれ農産物の地産地消、既設の通常型合併処理浄化槽および単独処理浄化槽の高度型合併処理浄化槽への転換、そして自分の身の回りの路上・敷地の清掃の三点セットを励行することにあるといえる。
表1 窒素およびリンの発生源ワースト5
ワースト 窒 素 リ ン
1 畑 市街地等
(47.3%) (23.1%)
2 市街地等 合併浄化槽
(24.0%) (16.4%)
3 合併浄化槽 単独浄化槽
(13.1%) (13.5%)
4 単独浄化槽 畜産・豚
(10.2%) (12.6%)
5 水田 特定事業場
( 6.1%) ( 8.6%)
総発生負荷量 3,317kg/日 323kg/日
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