○ 安保常任理事国入りで石橋湛山を想う
  ( 出典 ; 《評論家》 雑賀孫市 WEDGE 1994 NOVEMBER )

日本は決して大国ではない
 日本が国連安保理の常任理事国の入る問題が起きている。 ここで気になるのは、役人も国民も、次のムードに支配されていることだ。
 「 日本はここまで経済大国になったのだから入るのは当然だ 」
 確かに日本のGNPは世界の10%を超え、原料資源を輸入し、加工して輸出する貿易大国である。 しかし食糧でいえば穀物自給率29%、エネルギーでいえば石油自給率1%以下という、もろい国である。 国土の小ささだけでなく、「 日本は決して大国ではない 」との認識が大切である。
 この考えに立つと、今回の常任理事国入りは、いよいよ本格的に大国への道を歩むかどうか、という点で、きわめて大切な分かれ道のような気がする。
 130年前、農業しかなかった極東の小国が、日清、日露戦争に勝ち、第一次大戦の戦勝国となり「 世界五大国の一つになった 」と浮かれ、慢心した。 あの瞬間が奈落へのターニング・ポイントだった。
 しかし、目覚めていた人もいた。 「 東洋経済新報 」に社説を書いていた、のちの首相、石橋湛山( たんざん )である。 大正10年といえば日本が大国の地位を得たヴェルサイユ講和会議の2年後だが、「 大日本主義の幻想 」などの論文で次のように論じた。
 「 日本は自ら率先して、朝鮮、樺太、台湾など一切の植民地を捨てよ。 中国からも手を引け 」
 その論拠として湛山は、これによる経済的な打撃はなく、むしる戦争の危険を防げる、として、こう説いた。
 「 人は、台湾、シナ、朝鮮、シベリア、樺太はわが国防の垣である、という。 いや、その垣こそ、最も危険な燃え草である。 日本がシナまたはシベリアに勢力を張ろうとする。 米国がこれを妨げようとする。 ここに戦争が起きれば起きる。 その結果、わが海外領土や本土も敵軍に襲われる危険が起きる。 もし、わが国がシナまたはシベリアをわが縄張りとする野心を捨てるなら、戦争は絶対に起こらない。 従ってわが国が、他国から侵されることも決してない。 」
 その後25年の日本の破滅への流れを、神の如き聡明さで予言している。 文章の平明さとともに感嘆せざるを得ない。
 植民地を棄てる根拠を湛山はさらに説く。
 「 いまある植民地にも、将来必ず独立、自治を与えるほかなくなる。 だから大日本主義は永く維持できない。 どうせ棄てなければならない運命にあるものならば、早くこれを棄てるが賢明である 」
 しかし、湛山の提案は、浮かれていた国民、とくに軍部には一顧だにされず受け入れられなかった。
 この当時、国民の風潮は「 ロシアに勝ったのだから当然だ 」という気分だった。 いまそれは「 良い品を安く売って、世界中がこれを受け入れているのだから当然だ 」というものだ。

小日本主義を真剣に考えるとき
 日本が原材料を輸入するとき、ロシアの針葉樹林が、東南アジアの熱帯雨林が失われることを思うべきである。 自動車や電機を洪水的に輸出するとき、欧米の基幹産業が倒れ、失業者が増大していることを忘れてはならない。
 これに各国が反発し、貿易摩擦はその典型である。 ニーズ( NIES=新興工業国・地域 )の追い上げもある。 産油国などの資源ナショナリズムも強くなっている。 何よりも石油の埋蔵限界が30年といわれる。 経済大国、貿易大国としての日本も、それほど長続きしないことは明らかなのだ。
 ならば湛山流に「早く棄てる」つまり、既得権を放棄して国の方向を切り替えることだ。 その方向ははっきりしている。 それは、「自立的、自然と調和したリサイクル的な生き方―つまり小日本主義」にほかならない。 江戸時代、わが国は低い農業技術で3000万人を養った。 いま1億人を養うことは不可能ではないはず。 いまこそ、日本の新しい国家目標を真剣に考えるときなのだ。


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