○ 規制緩和と金融工学が元凶
( 出典 ; マサチューセッツ工科大学名誉教授 ポール・サミュエルソン(註1;参照) ) 平成20年10月25日 朝日新聞 )
今回の危機は、1929年から39年まで続いた大恐慌(註2;参照)以来、最悪の危機であることは間違いない。 そして、これは避けられたはずの危機だ。 なぜなら、ブッシュ大統領がクリントン前大統領から政権を引き継いだとき、経済は健全であり、財政は黒字ですらあったのだから。
ブッシュ大統領が掲げた「思いやり保守主義」は、結局のところ、億万長者に対して優しい政治だった。 億万長者を作り出すには役立ったが、中流以下の人々には優しくなかった。 その結果、米国の人々の生活は厳しさを増した。
イラク戦争と並んで、これがブッシュ大統領の不人気の理由であり、米国の歴史において最悪の大統領として名をとどめることになるだろう。
「億万長者への思いやり」というのは、たとへば証券取引委員会(SEC)の委員長に、能力が低く利益相反の危険がある人物をわざと採用して、「優しく穏やかなSEC」にしたことが象徴的だ。 市場への監督と規制を緩くしたことだ。 規制緩和をやりすぎた資本主義は、壊れやすい花のようなもので、自らを滅ぼすような事態に陥ってしまう。
メルトダウン(融解)的な危機を招いた理由のひとつは、バブルが発生して、それが崩壊したためだ。 資本主義の歴史を振り返ると、住宅バウルは古くからあるが、今回はバブルの坂を上っていくときに、「悪魔的でフランケンシュタイン的怪物のような金融工学」が危機を深刻化させた。 表現が長すぎるというのならば、「金融工学のモンスター」と縮めてもいい。
そのもとで、信じられないほど激しい「レバレッジ(てこの原理を使うように、少ない元手で大きな取引をすること)のやりすぎ」が横行した。 そうした中で、人々は自分が何をしているのかがわからなくなったしまっていたのだ。
グリーンスパン前連邦準備制度理事会(FRB)議長が95年ごろから株式市場のバブルに対策を講じなかったことも、惨状を招いた理由のひととだ。
これらの背景には、81年に就任したレーガン大統領が力を注いだ「右傾化」がある。 レーガンは映画スターとしては悪くなかったが、我々が「極右サプライサイド(供給重視)経済学」と呼ぶ路線をとった。 それが、「悪い規制緩和」や「無能な人物の登用」といったブッシュ路線に引き継がれてきた。
危機の深刻化にはグローバル化も関係している。 なんといっても大きな特徴は、この危機がタイ発やメキシコ発ではなく、米国発だということだ。 その原因が、米国で横行した規制緩和や金融工学だった。
赤字いとわぬ財政支出 不可欠
この危機を終わらせるためには何が有効なのか。 それは、大恐慌を克服した「赤字をいとわない財政支出」だろう。 極端にいえば、経済学者が「ヘリコプターマネー」と呼んでいる、紙幣を増刷してばらまくような大胆さで財政支出をすることだ。
大恐慌を克服したのは戦争のおかげだという人がいるが、そうではない。 大恐慌当時、私はシカゴ大学の学生だったが、自分が学んでいる経済学と、社会で現実に起きていることとの大きなギャップについて、深刻に悩んでいた。 周囲では、3人に1人以上が失業していた。
それほど高かった失業率をひとケタにまで減らしたのは、33年に就任したルーズベルト大統領の政策だ。 それは戦争前のことで、戦争の脅威も切迫していない時点で着手されたのだ。
(第1次大戦で敗れたドイツの)ヒトラーは報復戦争の準備をするために、際限もなく金を使った。 しかし、ルーズベルトがとった政策は、同じ赤字財政であっても、公共事業や農業支援を通じた巨額の支出だった。 それが資本主義を救った。
国のお金を何に使うかは、その国の国民が選ぶべきことだ。 しかし、無駄な事業でなく善い目的に使うのが、賢明な国民の選択であることは言うまでもない。
今回の危機の克服に当たっても、時間はかかったとしても結局、財政支出が拡大されるだろう。 ルーズベルト大統領の雇用政策も、目標実現に7年かかった。 前任のフーバー大統領は、ケインズをマルクス主義者呼ばわりするような人物で、恐慌克服になんら有効な手を打っていなかったことが響いた。 本来は(株価暴落直後の)30年から32年までに恐慌対策を打つべきだったのだ。
米政治、民主党主導へ転換必死
現在の危機は米国民の生活を脅かしており、来月の米大統領選挙に影響を与えるのは確実だと思う。 サブプライムローンの破綻(はたん)で、定年後の生活の基盤を失う人も少なくない。 悪い規制緩和のせいで老後をめちゃめちゃにされたということだ。
少なくとも議会選挙では民主党が圧勝し、米国政治における民主党の歴史的な復権が実現するだろう。 これは、レーガン時代以降続いた共和党主導の政治を大きく変える力になる。
レーガン時代が到来した背景には、民主党がジョンソン大統領の時代に実現した、黒人の権利保護と平等化のための法律(公民権法)がある。 画期的な法律だったが、白人の間で反発もあり、それまで南部で民主党を支持していた人たちが共和党に走り、政党間の力関係が変わった。 それが今度は、ブッシュ政権の大きな失政を機に、民主党優位の時代が始まる。
しかし、現在の危機が解決したとしても、米国の将来はなお厳しい。 レーガン大統領が誕生した81年ごろから続いてきた経常収支の赤字が、10年後には一段と深刻な問題になってくるのではないか。
懸念されるのは、ドルからの逃避、それも無秩序なかたちの逃避が起こるのではないか、ということだ。 それが起こったときには、外国人が米国市場から資金を引き揚げるだけではなくなる。 米国のヘッジファンドが先頭に立ってドルを売り、外国通貨を買う事態になってしまうだろう。
もっとも、今は家が火事になっているような時だから、そんな先の心配をあまりすべき場合ではないのだが。
(註1) ポール・サミュエルソン
1915年生まれ。 70年にノーベル経済学賞を受賞。
新古典派とケインズ経済学を総合する立場の著書「経済学」は、日本の
大学でも教科書に採用され広く読まれた。
(註2) 大恐慌
1929年10月24日、ニューヨーク市場で株価が大暴落したのをきっかけに
世界的に深刻な長期不況に陥った。 米国の景気後退は33年まで続き、
30年代を通じて経済は沈滞した。
米国では32年までに、株価は9割、実質国内総生産は3割下落。
失業率は一時約25%まで上がり、賃金は大幅に下がった。
フランクリン・ルーズベルト大統領(33年〜45年在任)はニューディール
(新規まき直し)政策を掲げ、多数の赤字国債発行で資金を調達し、公共
事業に投じた。
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