○ 「雑感!」 コメと土地改良   千葉県農林水産部技監 岸田 康則
 ( 出典 : 「農村振興」 第681号 平成18年9月 全国農村振興技術連盟発行 )


 千葉県では、平成16年度末をもって昭和27年12月以来51年間続いた土地改良事務所が閉所され、農業普及部門や農政部門と統合した農林振興センターとして、地域農業を総合的に支援する体制に整えられている。
 長い歴史を誇る土地改良事務所の閉所に当り、「土地改良から農業農村整備へ―50年のあるみ―」を作成した。 その時に過去を振返り、今また改めて感じたことを、この紙面を借りて述べたい。
 2000年以上も前から営々と続いてきた稲作国家。 戦国の武将たりとて、合戦ばかりでなく、自国(自領)を治め、民衆の食料を確保するために、田畑の開墾・埋め立て・治水などいわゆる農業土木事業を実施したのである。 その開墾・開拓された田畑が現代まで引き継がれてきている。
 コメが食生活の中心であった戦後復興期において、土地改良事業は、国民の大多数の意を得た政策であったことは疑う余地はない。
 昭和30年代の高度成長期から40年代に入ると、目覚しい経済発展とともに食生活が大きく変化し、国民のコメ離れが急速に進行した。 その結果、コメの需給バランスに大きなギャップが生じた。 この間、農家の所得は大きく飛躍したが、内実は兼業化が進み、農外所得が大幅に伸びた結果であって、本来の農業所得が増えたものではなかった。
 この時の土地改良事業は、農業用水路やほ場を整備しコメづくりに対する労働投下時間を削減するための事業を中心に実施したが、結果として兼業化を進める手だてとなったとも考えられる。 いずれにしても、農家そのものが農業依存度を著しく低下していった。
 昭和40年代からコメの需給バランスを均衡させるため、生産調整が始まり、土地改良事業もこの政策の推進のために事業制度と併せて、予算配分や政策調整がなされた。
 しかし、コメの需給量の低下に歯止めがかからなかったことから減反面積は30%以上に及び、さらに農家の高齢化、担い手の減少に加えて農産物の価格低迷で農業離れが加速し、耕作放棄による荒地が散在する状況となっている。
 こうなっては農家の営農意欲も減退して、当然として新たに農業基盤や施設整備に投資する気にはなれないから事業は不要であるとなる。
 農家人口も数百万人まで激減した昨今に至っては、特に景気の長期低迷で国や県などの税収が大きく落ち込み、予算の再配分が始まると、多勢に無勢となって事業の必要性が後退してしまう。
 最近では、無駄な公共事業=悪玉の象徴としてマスコミからも大きく揶揄されるごときである。
 平成16年は、「国際コメ年」として国際連合を中心として「コメ」が見直された。 コメは世界で10億人以上の零細農家が経営する、まさに生活の糧となっている「命」であるという。
 また、コメを作る水田は様々な動植物の生息地として生物の多様性を守っていると同時に天然のダムとしての国土を保全する役目や五穀豊穣を願う祭事などを通じて、多様な文化を発展させてきた原点でもある。
 国では平成の農政大改革として「経営所得安定対策等大綱」を発表した。 稲作経営体として成り立つには、整備された水田で、それも相当な面積で徹底的に合理化を図った経営が必要であろう。
 一方、現在のコメの生産を維持するためには、農業用水を供給したり排水を促す施設が必要である。 特に千葉県の場合は利根川の水を利用するためには、地形的な必然からポンプ場は不可欠であるが、多くの施設が戦後の食料増産計画に合わせて造営されたもので老朽化が問題になっている。
 当たり前のように毎年コメが作られているが、これら基幹施設が水の必要な時期に止ってしまったら、数万ヘクタールに及ぶ耕地のコメがまったく収穫なしの状況に陥る可能性も否定できない。
 地球上の人口が増加していく現状では、近未来中に食料不足が主要問題になるのは然りである。
 今年暮のWTO交渉期限を控えて、上限関税や対象品目の取扱いなどの農業交渉の行方が気がかりではあるが、県も市町村も財政が厳しく、お金がナイナイづくしの中で、今だからこそ、我々(技術者)も知恵を出し合って、わが国の主食としての「コメ」政策のあり様を考えるときである。



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