○ 『 黒船前夜 −ロシア・アイヌ・日本の三国志 』 渡辺 京二 氏  ( 第37回 大佛次郎賞 )
 ( 出典 ; 平成22年12月21日 朝日新聞 )

わたなべ・きょうじ
 1930年、京都市生まれ。 法政大社会学部卒業。 評論家。 79年に『 北一輝 』で毎日出版文化賞、2000年に『 逝きし世の面影 』で和辻哲郎文化賞。


( 選考委員の選評 )

山折 哲雄 氏 ; 庶民の言動 生き生きと

 「 鎖国 」のほころびがみえはじめたころから、「 維新 」を目前にひかえるわずか一世紀足らずの間、日本列島の北辺がにわかに騒がしくなる。 ロシアが千島、樺太、そして北海道に出没し、たいして中央官庁の幕府、出先機関の松前藩、現地先住民のアイヌが三つ巴(どもえ)になって対立・抗争と腹の探りあいをくり返す。
 著者は、その入り組んだ外政・通商のドラマを「 ロシア・アイヌ・日本の三国志 」と称している。 ペリーが黒船にのってやってくる前夜の歴史、つまり日本の夜明け前の薄明かりが射(さ)す時代の動きを、きめ細かい資料の再精査を通して明らかにしている。
 今日、わが国でふたたび脚光を浴びている「 北方領土 」とは、そういうものだったのか、とあらためて目を開かせる記述が随所にでてくる。
 登場する人物たちの個性も間宮林蔵、ラスクマン、レザーノフ、ゴローウニンと変化に富む。かつて和辻哲郎は『 鎖国 』で「 日本の悲劇 」に光をあてたが、そのような大文字を掲げる気負いはみられないが、名もなき庶民の言動が生き生きと再現されているところが心に響く。

池内 了 氏 ; 情熱と冷静 希代の労作
 ペリーが来航して開国を迫ったときを遡(さかのぼ)る約150年前、ピョートル一世は漂流民であった伝兵衛を引見し、ペテルブルクに日本語を学習する学校を開設するように命じた。 ロシアはシベリアを越えた東の海からのアジア進出を狙っていたのである。 当然そこには未開の島々や半島が控えており、その彼方にはアイヌが居住する蝦夷地、そして松前を出先とする日本( 江戸幕府 )が控えていた。 ここにロシア・アイヌ・日本の三者の接触が始まり、軋轢(あつれき)と融和の相克が幕を上げたのである。
 本書は、それから約100年の間の三国志を数々のエピソードを交えて描ききったもので、ロシアの日本との交易の意図と実際の振る舞い、アイヌのしたたかさを秘めた生き様、江戸幕府と松前藩の曖昧(あいまい)だが抑制した対応、と三者三様の駆け引きの下で北方史が紡がれていったことがよくわかる。
 数多くの地味な文献を渉猟した著者の情熱と終始冷静に歴史を見つめる目により、これまであまり注目されてこなかった北方の夜明け前が見事に描かれている。 希代の労作に心から拍手を送りたい。



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