○ 将門信仰と織田完之
 ( 出典 : 神田神社 権禰宜 岸川雅範著 平成15年3月10日発行 國學院大學大學院紀要―文学研究科―第三十四輯 (抜刷) )

    ― 論 文 要 旨 ―

 平将門は近代以降、天位を覬覦した日本史上唯一の叛逆者とされ、祭神として祀られていた将門を除去せよとの言論が起こった。 そして神田神社(かんだじんじゃ)などにおいて、祭神将門を本殿から摂末社へ移遷するという祭神改変(さいじんかいへん)が実行された。 その後織田完之という人物が、叛逆者観を誤りとし『国宝将門記伝』『平将門故蹟考』を著し将門弁護論を展開した。 さらに内閣総理大臣に書を呈上して将門の雪冤を訴えたり、将門塚(まさかどづか)・国王神社といった将門を祀る場所に碑を建てたりするなど、実践的な雪冤(せつえん)・顕彰運動(けんしょううんどう)も行った。 織田は幕末期、勤王運動に参加し、維新以後は大蔵省などに出仕し農書編纂・農政指導に従事して尚古派農学者などと称された。 その織田が将門を再評価し雪冤・顕彰をするまでにいたったのは、農学者(のうがくしゃ)・農政家(のうせいか)として将門信仰の盛んな関東諸国を農産物調査・農政指導のために回歴したことなどにより、活きた将門への信仰・崇拝を実感したからであったことが推測される。


    ― 本  文 ―  ( 略す )



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