○ 森林五話
( 出典 ; 編集員・村田泰夫 「朝日新聞コラム ―その1(平成14年9月26日)からその5まで、5回連載―」 )
その1 地球温暖化を防ぐ切り札
「うちの森は少なくとも年間22億円以上の価値を生み出しているんです。」
北海道下川村の開発振興公社は、町有林が果たす役割の大きさをそんなふうに説明する。
森林は、水源の涵養(かんよう)や洪水の防止、野生動植物の保全などに加え、二酸化炭素(CO2)の吸収効果をもつ。
地球温暖化の原因になる「CO2」の排出量を減らすため、環境省は自治体や非営利組織(NPO)の削減努力に対し、来年度から「CO2」1キロにつき50円を助成する考えを打ち出した。
下川町が手入れしている町有林は4300ヘクタール。 年間約4万5千トンの「CO2」を吸収・削減している計算になる。 22億円という数字は、これに「50円」を掛け合せてはじき出された。
京都議定書で、日本は温室効果ガスを90年度比6%削減する約束をした。 そのうち3.9%分は、森林によるCO2吸収をあてにしている。 「環境」をビジネスにしようと、海外に植林する日本企業も出始めている。
95年までの5年間に、途上国で6500万ヘクタールの森林が失われた。 違法伐採や農園開發によるものだ。 このほど南アフリカ・ユハネスブルクで開かれた環境開發サミットでは、熱帯雨林の消失に強い懸念が表明された。
温暖化を防ぎ、地球というかけがえのない財産をどう守り、子孫に伝えていくか。 その切り札として、いま森林が見直されている。
その2 文明の発展・衰退を左右
「メソポタミア、インダス、黄河・・・・・・・世界の文明発祥の地はかって森に覆われていた。 森の破壊が干ばつや洪水を招き、古代都市は滅びた」
岩や砂漠の広がる荒野が緑の森だったなんてにわかには信じられない話だ。 だが、環境考古学者の安田喜憲・国際日本文化研究センター教授の花粉分析でもこの事実は確認された。
巨大な建造物の木材を得るため、あるいは畑として開墾するため、森は切り倒された。 燃料のまきとしても伐採された。 ヤギの過剰放牧による植生の破壊がとどめをさした。
森がなくなると水は不足し、農地は砂漠化する。 多くの人が生活する都市の基盤は失われ、衰退していくしかなかった。
翻って日本はどうだったのだろう。 安田教授は「森の国だった」という。
三内丸山遺跡(青森県)の発見で、縄文人はクリ材などの森の資源を利用していたことがわかった。 弥生人は里山を利用しながら稲作文明を発展させた。 中世の為政者は森づくりに尽力し、第2次大戦で荒廃した国土の復興を、日本は山に木を植えることから始めた。
飲み水を供給し、さまざまな生き物を育み、土砂崩れや洪水を防ぐ機能が森にあることを、先人たちは知っていたのだ。
「日本は森とともに生き、世界でもまれな森の文化を育んできた。 その森を生かす環境国家でありたい」。 安田教授は語る。
その3 外国産材に頼る「大国」
日本の森林面積は全国土の67%を占める。 北欧のフィンランドは76&とさらに高いが、緑の印象の濃いカナダは36%しかない。 数字の上で日本は、立派な「森林大国」といえる。
ところが、外国材に依存する率は実に81%に達する。 国内では木材を切り出すコストが高いためで、森は手入れもされず、荒れ放題というのが実態だ。
行き詰まった林野行政は98年秋に大転換する。 林野庁の出先機関は、林業を営む「営林署」から森を保全する「森林管理署」に改称された。 国有林に限らず公有林や民有林についても、木材を生産する「林業」から、国土保全など森林のもつ他面的機能を生かす「環境」に、政策の軸足を移したのである。
その一例が「緑の回廊」づくりだ。 ツキノワグマなどの野生動物が森と森との間を行き来できるように、開発によって寸断された樹林帯をつなげる。
課題は国産材の需要を増やすことだ。 建築業者が外国材に頼るのは、国内材には品質や安定供給の面で不安があるためだ。
そして、需要の減少はさらなるコスト高を招く。
この悪循環は保護行政では断ち切れない。 森林に関心のある女性らでつくる「MORIMORIネットワーク」は、林業家や建築業者が連携して、消費者が満足する国産材の家づくりを呼びかけている。 それは、地域でとれたものは地域で消費する「地産地消」の勧めでもある。
その4 定着したボランティア
「5年前は人集めに苦労しましたが、いまはお断りすることもあるくらいです」
東京・八重洲にある非営利法人(NPO)地球緑化センターの新田均・専務理事は、森林ボランチア熱の高まりを肌で感じている。
手入れの行き届かない国有林や町有林に赴き、間伐や枝打ち、下草刈りなどの作業をする。 その1泊2日のツアーへの応募者が増えているのだ。
常連の中から、特定の森林を定期的に手入れする自主グループも誕生した。 地元の町村と話し合い、「私たちの森」として整備するもので、長野県小海町や静岡県中伊豆町にある。
山村に1年間住み込んで村おこしに携わる「緑のふるさと協力隊」への応募も増えている。 9年目を迎えた今年、前年より5ヵ所多い24町村で、8人多い35人が汗を流している。
「山村に向かう若者たちの流れは確実に根づきつつある。」と新田さんはいう。
愛知県東三河の森林保全NPO「穂の国森づくりの会」の活動はユニークだ。 地元の小学校への訪問授業や地域住民を対象とした植林・間伐ボランティアの募集。 05年には愛知万博と連携して「森林祭」を実施する。 テーマは「森から始まる地域の自立」で、参加・体験・交流型のイベントにする考えだ。
林野庁によると、森林ボランティア団体の数は00年現在581.3年間で2倍になった。
その5 若人で伝統技術を記録
山村の過疎化、高齢化が進んで林業が廃れるとともに、森にかかわる職業や技術が失われようとしている。
きこり、木挽(こび)き師、炭焼きといった山仕事に直接結びつく言葉はもとより、鷹匠(たかじょう)、桧皮(ひわだ)ぶき、いかだ師など、森にかかわる職業や文化も「絶滅」が心配される状態になっている。
林野庁監査室長の平野秀樹さんが、森林にまつわる仕事を数えたら52種にのぼった。
市場性をなくして消えていく職業を復活させるのは難しい。 しかし、伝統技術を記録し、その知恵を次の世代に引き継ぐ意義は決して小さくない―――。
そう考えた平野さんは「聞き書き甲子園」を思いついた。 高校生100人に、全国の「森の名人」にインタビューしてもらう。 野球と違って勝ち負けを決めるわけではない。 きちんと取材して記録に残すのが目的だ。
米国の教育プログラムにヒントを得た。 すでに聞き書きの方法に関する研修を8月末に終えた。 「名人」100人は11月ごろまでに選定する。
孫のような世代との交流は、森に生きてきたお年寄りたちに改めて仕事に対する自身と誇りを呼び起こすに違いない。 一方、高校生は教科書では得られない知恵を学ぶはずだ。
森を利用し管理することが、循環型社会を支える。 そのことを肌で感じ、日本が森の国であることを再認識してくれれば、と願わずにはいられない。