○ 水源の里への償い
 ( 出典 : 平成19年10月25日 朝日新聞(夕刊) 編集室から )

 その老人は、糖尿病(とうにょうびょう)を患(わずら)い、ガーゼに包んだ黒砂糖(くろざとう)をもっていた。 気分が悪くなった時になめて、大事を防ぐという。 別の老人は、万一の時に迷惑をかけないようにと、タンスの中に死に装束(しょうぞく)を入れていた。
 長野大学環境ツーリズム学部の大野晃(おおのあきら)教授(67)が、高知県の山あいにある旧池川町(現・仁淀川町)を訪れたのは86年のことだ。 19軒の集落で聞取り調査をしていて、そんな人たちに出会った。
 平均年齢は65歳。 外材の輸入で国産材の値は下がり、スギ林に囲まれた集落は林業不振にあえいでいた。 病院は遠く、交通手段はタクシーしかない。 病気やけがへの備えが住民の最大の問題だった。
 糖尿病のご老人が何度も繰り返したそうだ。 「もうおらんとこは限界(げんかい)や」
 大野さんは、その言葉を聞いて「限界集落」という言葉を生み出した。
 65歳以上が半数を超える集落として政府も統計をとり、いま対策に乗り出そうとしている。
 こうした上流の限界集落を、京都府綾部(あやべ)市は「水源の里」と名付け、支援する条例をつくった。 「消滅(しょうめつ)するから応援しようというのではない。 きれいな水源が確保されていないと下流の都市住民もいきていけない」と四方八洲男(しかたやすお)市長は言う。 住民はいわば、その見張り番だ。
 「上流」は電気や水、食料を生産し、「下流」はただ消費する。 そして築(きず)かれた不夜城(ふやじょう)で思う。 限界集落への支援は、下流からの「施(ほどこ)し」ではなく、「償(つぐな)い」といった方が適切であろう。   (中村正憲)



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