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| 2000. 9.22 | UA890 | ||
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| 2000. 9.23 | Grand Canyon | ||
| すごーく、時間を得した感じの1日の次の日は、念願かなった「グランドキャニオン」だ。 食事は1FのMACで済ませた。日本と同じホットケーキ。 こういった物は規格品となっているからかもしれないけど、大きさはほとんど日本と変化ない。でも飲み物やサラダの大きさが違う。 日本人には大きすぎる。 さてグランドキャニオン。 ツアーはシーニックだった。ベガス空港の街から本当に近いところにある。 お客は日本人ばかりだ。約50人のりのジェット機で、ほぼ1時間でつく。 私が行った日は、9月後半だったからもう夏季は過ぎたとの事で、とにかく寒い。 気軽な服装で行った人はトレーナーを買っていた。 いよいよ、ビューポイントだ。 驚きだ。感激だ。 飛行機が揺れて、揺れて、具合が悪くなっても、是非行くべきだ。 日本には絶対にない風景だ。今でも忘れてない。 とにかく写真でも良いが、自分の目で見ることだ。 こういう言い表し方を私は良く使うが、大きいとか、スケールが違うとか、そう言ったただ単の大きさの問題ではない。 ではなんだって?なんだろう。 見た人が、見た人の感覚で感じる。それで良いのではないか。 ところで、今回の旅行に際して、フィルムを使うカメラを使わなかった。 デジタルカメラ、NIKONのcoolpix900だ。 デジタルカメラにしてはすでに時代遅れのものだ。画素数は100万だから、2000年現在のデジカメにしたら貧弱なものだ。それで写真を取り捲った。 全体で1,400枚分、データ量にして約400MBほどだ。 このデータバックアップのためにパソコンをわざわざ持っていったのだ。 重量は本体で約3Kg。ずいぶん重かったが後悔はしていない。 むしろ持っていって良かったと今でも感じる。 しろーとが写真をとると、何だか良くわからない写真がたくさん出る。 ここはどこだったかななんて後になって考えるものに、案外良いものが写っていたりしないか。 そんなで、機会さえあれがシャッターを押していた。フィルムの心配や現像の事を考えなくても良いというのはまことに気が楽だ。 いつでも、どこでもはいポーズ。機会があったら試して。 このようにしてとったデータはデジカメ画像アルバムにして、CD-ROMに焼いてある。 これで当分はデータとして保存できるだろう。 写真に関しては、交換用充電池、交換用メモリーカード、ワイドコンバータ、三脚を用意した。 三脚は夜間などのスロー用だ。 デジカメでもスローを使って、ベガスのネオンサインばりばりのあの風景画がきれいに残った。 さて、この世のものとはおもえない風景は何時間見ていても飽きるものではない。 ビューポイント2個所を回ったわけだが、ガイドさんの説明もまた楽しかった。彼は日本人ではなかったが、日本語はぺらぺらであった。 これらものちのサンフランシスコのケーブルカーなんかの音と同じく録音してきた。 メモリーカードに記録するものだ。 したがって、ここでもパソコンが役に立った。役に立たないのは私の腕くらいのものだ。 お金を出せば、今は何でも可能な世の中だ。 これもデジカメデータとあわせてCD-ROMの中にある。 インディアンは今でもグランドキャニオンに塩を採りにくる。 しかし現地の人でさえ、塩をいつ、どこで採るのかは見た事もないそうだ。 きっと夜間に取るのだろうと予想されている。場所なんかは極秘だそうだ。 当然だ。塩は貴重品なのだから。 さて、言葉では何とも言い表せない「グランドキャニオン」を後にして空港に向う。 ここアメリカでは、グランドキャニオンへの旅行者が多く、排気ガスなんかの影響があるのであと3年くらいで車は全面禁止にするそうだ。 モノレールをいれるとのこと。 またここグランドキャニオン空港は夏季の多い日は1,600機は発着するそうだ。 とにかく込み合うそうだ。そのさまはどのようなものだろうか。 やはり人気の高さが伺われる。 |
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| 2000. 9.24 | walk 文体が違うけど、そこはそこ。かまわないでくれ | ||
さて、ベガスの街に戻りましょう。先にも書きましたが、1stバッフェはモンテカルロでした。 3rdバッフェはラクソーです。 5thはアラジンでした。ここの係員はユニークな方でした。ビールを頼んだ私にIDを見せろとしきりに言ってました。 次はホテル巡りの話をしたいと思います。 ここから隣のマンダレイ、フォーシーズンズには、歩いてしかいけません。 でも、もうすっかりはまってしまいました。 |
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| 2000.9.25 | |||
朝早くおきて、ホテルではないところのバッフェに行きました。 またいつか。 |
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