2002.3.16〜17 木沢調査
先週の奥物部に引き続き、今回は木沢村勘場谷周辺を調査。
今回も、S氏と共にお手伝い。(手伝いになっているかどうかは?)
更に、地元の平均年齢71.5才の方々4名が案内役として参加下さった。
初日、木沢村岩倉集落へ7時30分集合ということで、3時30分出発。
途中清水・倉羅・土須の三つの峠を越え岩倉へ6時30分到着。
時間が来ると地元の方が集まってきた。
簡単に自己紹介し、今日の調査範囲の説明を受ける。
担当地域は勘場谷林道途中から右折して伸びる林道の周辺。
パートナーは最年少の64才のU氏。
S氏は平家平中腹へ最年長75才のS氏と。
林道入り口で車を置き、もう一台の荷台に便乗し調査地域へ。
以前徳島のK氏から伺っていたが、今回参加下さったU氏が林道を整備してくれており落石等は皆無であった。
昨年権田山へ上がった時も綺麗に整備されていたのを思い出す。
遊びに使用させて貰うのが悪い様な気持ち。
今回は前回の国有林と異なり、民有林のため樹林の中も丁寧に手入れされている。
ヘアーピンカーブ手前で車を降り、檜の林へ入ると直ぐに昨年の物と思える熊ハギが。
樹齢30年ほどの立派な檜の林の、中でも太い木を中心に剥がされている。
記録写真を撮り、地図上に地点をマークし次へ進む。
林道も終わり、一旦権田山方面へ伸びる尾根へ出る。
登山道に使われているらしく、赤テープのマーカーが続いている。
やがて、尾根から離れ、自然林を横切り次の檜林を目指す。
U氏は身軽に急斜面を普通の道を歩くように足早にトラバースして行く。
ついて歩くのに精一杯。汗ビッショリ。足ガクガク・・・
次の場所も一杯剥がされている。
午前中は、登ったり下ったりトラバースしたり熊ハギを探して歩き回る。
写真も数カ所で撮る。
昼食のため、作業小屋へ立ち寄る。
昔は2〜30名が寝起きしながら植林作業をしていたとのこと。
食事をしながら色々話を伺う。
地元では有名な話だが、「U氏の若い頃、鉈で熊を仕留めた」時の話。
その際、24pの新しい鉈は、刃がこぼれ鋸状になったとのこと。
そのころは報奨金が出ていたので3頭の熊を仕留めた。
片側にしか角が無い奇形(?)の鹿。等々
午後は槍戸林道近くへ下ったのでほとんど熊ハギは発見できなかった。
途中で、突然ピィッと鳴き声がし、30m程下を2頭の鹿が走って逃げる光景を見る。
一日の調査を終了しくたくたになり広場へ引き返すと特徴的な姿の平家平が直ぐそこに。
S氏は平家平中腹でカ
モシカに遭遇。
二日目は、集落の上の公林(土地は木沢村、木は国が所有)の集中調査へ。
急な尾根をストレートに登る途中に水平の「馬路」が。
話を伺うと、昔紀州の殿様が木沢から木を運び出した時の作業路とのこと。
「こういう話も、私らがいなくなれば誰も分からなくなるなぁ」とU氏は寂しげに・・・
岩倉集落も11軒の小さな集落になり、伝承は難しくなってきているのを実感する。
手入れがされていないブッシュ混じりの林を探すが、ここは地元の人が言うとうり被害は無し。
たまに猟に入るとのことで、巧みに獣道を見つけすいすい歩いてゆく。
午後は、場所を変え槍戸林道沿いに上がり樹林へ入る。
ここも高度が低いので被害はなし。
でも、この二日間鹿・カモシカの糞は無数に。特にカモシカの「溜め糞」は至る所に。
最後の林の脇では新しく植林をしていたが、周りをネットで囲んでいる。
若い木は、鹿・カモシカの大好物なので防衛しなければ全滅するとのこと。
S氏は岩倉山周辺で親子連れらしい新しい爪の後を発見。
今回の調査で大きな収穫を得る。
今回の調査は絶滅の危機に瀕しているツキノワグマの調査の一貫として実施された。
「私たちは安易に【絶滅の危機】=【保護】となるが、地元の人たちには非常に迷惑な話」と実感した。
「熊ハギにあった木は成長しても根本から2〜3mは内部が腐り売れない。
それも、値段が高く付くような立派な木を狙われ、被害に遭えば「泣き寝入り」」
「以前は木も高く売れ、間伐材だけで生活できていたとのことだが、今では伐採しても経費が高くかかる時代にいつまでも保護の名の元での狩猟禁止はやりきれない。」
と地元の方たちはこぼしていた。
何らかの策を講じなければ、地元民の犠牲の上での「保護」になってしまい、矛盾を感じた二日間であった。
帰途、四季美谷温泉へ立ち寄り疲れを癒し、明日からの現実の生活のため山を下る。
夕暮れ時のR193沿いに花が咲き誇っているのを眺めながら、複雑な思いで帰宅する。