2002.4.13     京女郎越     二人


徳島・一宇村と半田町とを結ぶ京女郎越と焼堂峠を13日歩いた。
京女郎越という名前からどんな悲しい話があった峠だろうか?
大横から京女郎越へ上がり、稜線を志貴岳方面へ下り、焼堂峠より中横へ下るコースを選択。

先週の失敗から、25000分の一から峠周辺を拡大コピーしたものも準備。
なにせ二人とも老眼がかかっているので!
R438古見橋から県道木地屋赤松線を片川沿いに進む。
目指すは片川小学校跡。が、なかなか見つからない。結局木地屋まで行き、地元の人に聞き学校校舎まで戻る。

標高500mの校舎横から、杉林の中に綺麗に詰まれた石垣沿いに歩く。
すぐに、ユキモチソウ・ヤマシャクヤクが両側に現れ、やがてシャガの一大群生地に。
何千本もと思える白い花が道端に咲き誇っている。
何軒かの廃屋を通り過ぎるとボタンザクラが今盛りと咲き誇っている薬師堂へ着く。
木造の五体の仏像が祀られ、境内には大師像や庚申塚・地蔵尊が。

さらに主のいない何軒かの民家の脇を歩く。
なかには、モノレールが納屋まで引き込まれていたり、軒先には蒔が堆く積まれてホースから水が迸り、いつ主人が戻ってもすぐに生活可能な状態に思える家も。

やがて、標高800m付近でお茶畑が現れ、住人が生活している民家が現れる。
庭先にいた犬が盛んに吼えていたが近づくと寄ってきて道案内をしてくれた。
すぐに分岐になり犬の跡を追うが下り始めたので犬と別れ、自然林の中を上を目指し歩くとひょっこりと標高866mの京女郎が祀られている壊れた祠につく。
祠は壊れているが、前にはしきびが手向けられている。
その昔京から来た女郎が行き倒れたこの場所は、北風が吹き抜ける場所だが15分も下れば民家に出くわす場所である。
さぞ無念だったことだろう???

祠から幅広い落ち葉が敷き詰められた尾根を西に進むと京女郎越。
崩れかけた石積みがあるだけで展望も利かない静かな峠。
北風だけが音を立てて通り抜けている。
すぐ上の978mのピークへ上がると南面に津志岳から黒笠山が正面に見え、北面は半田方面が春霞の中に見えている。
ここから、稜線をたどり焼堂峠を目指す。強い北風を受けながら境界杭に導かれ進み、途中の1020mピークは右手に巻き道があったので風を避けこちらを選択。
途中は倒木が多く歩きづらいが、蕨を積みながらのんびり歩く。
稜線へ戻り、二重山稜になったところではミツバツツジが開きかけている。

961mピークで右へ折れ急斜面を滑り下ると焼堂峠。
ここには、トタンで作られた小さなお堂のなかに石造りの地蔵尊が祀られている。

自然林の広場になっており、木々が鮮やかな新緑を纏い始めている。
下山口及び志気岳方面のルートを確認した後、風の当たらない場所で店開き。
先週は食べれなかった冷奴&冷酒。(今日は醤油を忘れたが・・・)
昼寝をしたり、鳥を見たり2時間半ほどのんびりと峠で過ごす。

下りは杉林の中を急降下。が、先週の失敗に懲りゆっくり踏み跡を追いながら。
すぐに立派な二階建ての民家へ着く。
綺麗な雨戸は釘の頭が光っているほどで、つい最近まで住人が生活していたのだろう。
庭先には、石楠花・レンギョ・ユキヤナギ他(名前知らず)多数咲き誇っている。

さらに、杉林・自然林等を下るが、要所要所に新しい赤テープが付けられている。
しばらく下ると左手に石造りの祠の中に太師像、庚申塚、灯篭等が祀られ、奥には義人谷貞之丞を祀った谷大明神が。
先週上がった剪宇には義人谷貞之丞生家の跡がありこの地域では特別丁寧に祀られている。

直ぐに、立派な阿弥陀堂が現れ、境内には千度石が。
今回歩いた峠道には手入れされた阿弥陀堂があるが、やがて手入れする人がいなくなるのでは?
そうなればどうなるのだろうか?

神社下には、綺麗に手入れされたお茶畑。
脇を路が東西に走っている。
地形図で大横方面へ路が走っているので歩き出すとお茶畑で住人が仕事中。

道を聞けば、「歩くのは大変だからここから県道へ下りなさい」
「急斜面だから歩くのは大変だからモノレールで送ってあげる」
恐縮して断るが、盛んに進めて頂き好意に甘えることに。
住宅へ戻ると「ビールは?」「ジュースは?」と盛んに勧めて頂いたがそこまでは甘えるわけには。
二両連結のモノレールに乗り込み下山開始。
女房は後ろ側に座り盛んに話をしているが、前の席へはエンジン音で聞こえない。
後で聞けば、下界へ降りた上の家の住人の話や、夫婦二人の生活等々を話し込んだらしい。

7分ほどで急斜面を下り県道へ着く。
お礼を述べ、上へ戻る住人と別れ、車を目指し県道を40分ほど上がる。

ここ3回ほどの峠歩きでは、徐々に住人が減り、道が荒れ、やがて峠道があったことさえ忘れ去られようとしているのが実感できた。
複雑な思いがするが、下界では味わえない住人の人情というものを身をもって体験でき、
機会があれば再度歩いて見たい峠道であった。


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