2002.10.27 寒風越 二人
寒風越。冬場に強い季節風が吹き抜ける阿讃県境の峠。

二つ玉低気圧が通過し、典型的な西高東低の冬型の気圧配置になり、北西の強風。
初めて訪れ、寒風を体験するには絶好の好条件(?)ということで、三頭越から寒風越をのんびり歩こうと出かける。
助手席でウツラウツラしている内に道の駅「ことなみ」の駐車場で目を覚ます。
外は小雨がしとしとと。雨具を持参していないのでしばらく車中で思案顔。
半ば諦め、川奥から東の里方面へ車を走らせる。
途中で復旧工事のため通行止め。引き返し、今度は株切・沖野方面へ上がる。
人工林・雑木林を抜けるとパッと広がる山腹の集落。
「香川でもこんな所に集落が」の感覚。
住人に道を伺い、集落の背後の稜線へ車を走らせる。
稜線には切り開かれた畑が広がり、大根・カブが。向かいには阿讃の山並みが。
こんな所にもリンドウが供えられた地蔵尊が。 
そうこうしている内に薄日が差し出したので、杉王神社へ逆戻り。
正午も過ぎ、時間的には周回コースは無理なので、寒風越へ向かうことにする。
橋を渡り直ぐにハイキングコースへ入る。
途中の横畑の集落までには路沿いに地蔵尊が点在してい
る。
一旦林道へ出ると、路端にホトトギス。
標識から山道へはいるが、直ぐにルートを失う。
引き返し農作業中の方に伺えば、「山腹を上がると路がある」とのことで、
急斜面を強引に灌木頼りに両手両足を使い登ると立派な遊歩道が。
後は、色とりどりの落ち葉が敷き詰められた路を、点在する小さな社に手を合わせながらの散策。
後2〜3週間すればもっと色づくのでは?
尾根を回り込むと、途端に季節風の轟音。でも樹林帯の中なので風は当たらない。
広葉樹の落ち葉が松葉に変わり始めて巻き道を少し進むと地蔵尊。
「天保十亥年(1839年)」の記述あり。峠を歩く人たちを数え切れないほど見守ってきたのだろう。
20m程で寒風越。展望は効かないが尾根の両側に小さなピークを従えるいかにも峠らしい峠。
阿波側へ少し下がりコーヒーブレーク。気温8℃。
頭上では相変わらず季節風が暴れ、松葉が飛ばされマグカップめがけて飛んで来る。
やはり時間的に三頭越は無理なので、帰途は竜王峠経由で帰ることに。
急登を100m程の登りで「一等三角点 竜王山1012.9m」へ。
南西方向は樹木が切られ少し展望あり。道端には山ラッキョが。
少し下りアスファルト道の竜王峠へ。
車道を少し下り、木々が覆い薄暗い遊歩道へ入る。
600m程で横畑の集落へ。
昔の平家の落人が武士を捨て住み着いた集落。
警戒心が強く、そのため明治時代までは讃岐側よりも阿波側との交流が深かった。
物流も阿波側が多く、婚姻関係も多かった。
等と、「阿波の峠歩き」でT氏は記述している。
林道を下る途中で老夫婦が蕎麦の取り込み中。
カマで丁寧に刈り取り、束ねている。作業の邪魔をしてしばし話し込む。
林道が付き、車が走り出したのは二十年ほど前。
それまでは天秤棒に荷をぶら下げ坂道を上がっていたが・・・。
畑の水は雨水頼り・・・等々。 
御礼を述べ下ると、今度は老婦人が。またまた、話し込む。
五十年ほど前に寒風越を越えて阿波から嫁に来た。
子供の手を引いた里帰りも寒風越。その子供たちも、今は皆都会へ下りてしまっている。
昔は集落の人たちが峠路を手入れしていたが、今は誰も入らないので荒れているだろう。
最近はイノシシが増え、夜の内に畑を荒らされ皆困っている。等々
しばし話し込み、別れを惜しみ下山する。
向かいの斜面には朝訪れた島ケ峰の集落が山肌にしがみついている。
家から1時間も走らない所にこういった山村があるが、今回も何軒かの廃屋を直接見、
今まで見て来た山村の集落と同様に時間と共に消え去ってゆくのだろうか?
時の流れでどうしようも無いのかも知れないが、少し寂しい気がした峠歩き・・・
車へ戻り、ライトを付け薄暗くなったR438をカリン温泉目指し一走り。