2002.12.14 トゴエ 二人
トゴエからトギ。カタカナの名前ばかりの峠歩きに何時かは行こうと言いながら半年が経過。
黄色いテントさんの情報では、大嫌いな長い者がいたと言うことで雪が降るまでお預け。
でも、早く可愛い地蔵尊が見たいと出かける。
といっても、前日の帰宅が22時過ぎのため早立ちは無理と急遽夜中にトゴエ行きが決定。
朝9時に家を出発し、途中昼食の買い出し等で閑定に着いたのは11時。
トンネルからの下りには残雪も残り後続もいないのでゆっくり下る。
村道では最後の民家手前のカーブで路面も凍結。
向かいの稜線にはまだ樹氷が残り白く輝いている。
朝のんびりし過ぎてスパッツを忘れてきているのに今頃気づいた。
路上駐車を住人に願い、しばし飼い犬のお供で歩き出す。
直ぐに廃車が3台道端に。中には「か○○屋旅館」と大きく書かれたバスもある。
どこの集落でも見られる光景であるが、金属・ガラスが風化するのには何年かかるのやら?
直ぐに右手が自然林、谷側が人工林の境界を15p程の積雪を踏み締めながら歩く。
真新しい兎の足跡がずっと続いている。
やがて昨夜の物と思える新しいイノシシの足跡に変わり、所々雪の下の枯葉を大きく掘り返している。
突然雉だろうか道端から大きな羽音を立て飛び立つのにはビックリさせられた。
でも、長い者よりはましだが。 
15分ほどで立派な石垣が眼前に。高いところでは5m程自然石を丁寧に積み上げた棚田である。
通りすぎ振り返って見れば3段になっている。
直ぐ近くを地元民の水源になっている沢が流れているので、昔はここで稲を作っていたのであろうか?
でも、今では樹齢20年前後と思える杉が植えられているだけで、一部石垣も崩れている。
もう人がほとんど歩かなくなっている為か、所々崩れている斜面をトラバース。
その後人工林を直上し狭いトゴエへ。
三石大権現の立派な鳥居も70年以上経過し周りの銅板も剥がれ始めている。
修理する人もいないのであろうから、後少しで朽ち果てることだろう。
峠の地蔵尊は、大きな岩の側で2/3程雪に埋もれて佇んでいた。
雪を取り除くと高さ30p弱の小さな地蔵尊である。

徳島の大西桂子氏によれば、山中で事故でなくなった今井集落の住人の娘さんを偲んで両親が建てたものらしい。
手を合わせ、鳥居を潜りトギを目指す。
大きな岩が立ちはだかるように聳えているので、今井側を巻くように雪の中を進む。
探してもテープらしきものは見あたらない。
地形図を確認し、方向もはっきりしているのでとにかく巨岩を巻きながら進む。
スパッツをつけていないので直ぐに雪が靴の中へはいる。
やがて、小さな鞍部へ着きここからは概ね稜線どうしにテープが付けられている。
距離は短いが、テントさんも書かれていたように急登である。
展望もなくひたすら新しいイノシシの足跡を頂上まで追うのみである。
途中少し樹木が薄いところでは、天狗塚・寒峰方面の真っ白い装束を纏った峰が姿を見せている。

途中ルート探し等で時間を食い、峠から1時間強で頂上へ着く。
国見山・中津山方面は開けて大きな山容を見せているが、後は展望無し。
南方へ2〜3m樹木を潜れば三方山方面は遮るもののない展望である。
雪が付いた急斜面を千鳥足で下るのには少し抵抗感があるので、昼食は峠でと転がり下る。
25分ほどで峠へ戻る。雪があればルートも何も関係なく下るので早いものである。
早速定番の燗酒。安いパック酒でも内臓に染み渡る心地よさ。
下界では幾ら高いお酒でもこうはならないのに・・・
狭い峠なので、日が傾き掛けると直ぐに日陰になり体感温度が下がる。
名残を惜しみつつ下山に掛かる。アルコールの勢いも加勢し走り下る。
集落の八坂神社からは、フサフサした純毛を纏った猿が出てきて堂々としたしぐさで
路を横切って行く。「わしの縄張りだ!}と言わんばかりに。
振り返れば、トゴエが西日を浴びて見送ってくれている。
待った甲斐があった静かな峠歩きでした。