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| げほげほ。ごほん。 捨て吉は、突然の煙にまかれて目を覚ました。それも、ただの煙ではない。大嫌いな煙草の煙である。 昨夜、賭場で大負けした後、捨て吉は橋の下に、雨風凌げそうな、ちょうどよい大きさの小舟を見つけて、その中で眠った。 実際には、有り金すべてを持っていかれたわけではない。草履の裏に縫いつけた一分銀が、まだ残ってはいたのだが、ちょうど夏場ということもあり、手元不如意の時、何も無理して宿屋に泊まることもあるまいと思い、こうして、小舟に潜り込んでいたのだが。 燻り出されるように飛び出した捨て吉は、あわてていたために、足首まで水に浸かりながらも、煙の発生源を見上げた。 そこには、何か作業着のようなものを着て、頭に手ぬぐいを巻いた少年が、不機嫌そうに煙管をくわえていた。 「なんだ。人がいたのか。こんなところで寝てるなんて、さてはごまの灰にでもやられたか?」 少年は、河原からあきれたように見下ろしてくる。 捨て吉は、とりあえず愛想笑いを浮かべて近づいてみた。 「イヤ、実は昨日旅籠の賭場ですっちゃってね。ところでえーと、君は?」 「俺か?俺は未来の大花火師。作業場は火気厳禁だから、ちょっと一服しに来たところだ」 煙管をくわえ直しながら笑った口元に、八重歯が覗く。 「へぇ。でも、花火師なら、煙草はやめた方がいいんじゃないかなあ。そもそも、花火師になるのが分かっていたなら、始めから手を出さなければよいのに」 捨て吉は煙草に向けて警戒態勢をとりながら、風上に廻って続けた。 「君は、いくつの時からこの世界に入ったんだい」 「十三の時だけど」 「では、まだ間もないんだね。だったら?」 先を続けようとした捨て吉の声に、少年の、ムッとした声が重なる。 「間もない?そんなこともないだろ。おっさん俺のこと、一体いくつだと思ってるんだよ」 しかしこの言葉には、捨て吉も引っかかるものを感じた。聞き捨てならないとばかりに言い返す。 「おっさん?君こそ、僕のことを一体いくつだと思ってるんだい」 どうやら互いに気にしていたことらしく、二人はしばしの間黙り込んだ。一瞬睨み合い、そして二人は、たった今交わされた会話の、すべてを闇に葬り去ることで合意する。 「いやー。行くところがないなら、うちに泊まっていってもいいぜ。俺から親方に頼んでやるよ」 「それはありがたい。実は少し困っていたんだよ。でも、花火工房なら、今時分はずいぶんと忙しいんじゃないのかい」 「おうよ。うちの親方は腕が良いからな。注文もひっきりなしさ。十日後には、この川でまつり花火を上げるんだぜ」 少年は、煙管の灰を地面に落とすと、申し訳なさそうに煙草入れに仕舞った。 方向を指で示して歩き出す。 「こんなの滅多に吸わねえんだぜ。今日はたまたまだ。そう!今朝むかつく客が来てよ。旅の人は知らないだろうけど、但馬屋っていって、嫌なやつなんだ。親方が、播磨屋の旦那に頼まれて作ってる新作を、横取りしようとしやがったんだぜ。」 「ふうん。それは非道いね」 「だろ?それで俺、かーっときて、思わずそいつの胸ぐらつかんだら親方にはたかれた」 「当然だね。お客に手を出したらいけないよ」 「でもよ。親方は俺のこと怒ったけど、あのおっさんにも謝らなかったんだぜ」 「そう。つまりきみは、全然反省してないってわけだね」 そんなことを言いながら、工房まで、それほど遠くない距離を歩いた。 山道から、ゆるやかに分岐するようにして登り坂が続いている。 その坂を少し上ると、道幅がそのまま広がってゆくように、前庭兼作業場に出た。おそらく、坂の始まりあたりから、もうこの花火工房の敷地になっているのだろう。 坂を上りきったところで、横から声が掛かった。 「遅っせーぞ、トシ。いつまで休憩してるんだ。」 「ごめん、忍さん。お客なんだ。親方は?」 少年は、兄弟子らしい青年に庭の左奥を示されて駆けだした。 作業場の奥、比較的軒に近いあたりの縁石に腰掛けて、手元にお椀のようなものを持って、一心に作業している人物が居た。五十代前半ほどで、全身から頑固さがにじみ出ている。 「えっと、親方。実はこの人が、旅の途中でごまの灰にあって、難儀しとられるそうなんですが。」 実際には博打で擦って難儀中なのだが、それでは親方に大して受けがよくないだろうと言う少年の提案で、捨て吉は旅籠で泥棒にあった気の毒な人と言うことになっている。 隣に立たされた捨て吉は、頭に手をやりながら、曖昧に微笑んでみた。 が、親方は無言のままである。 「えっと。だからですね。この人をうちで何日か泊めてあげたいなぁ。とか思っているんですけど」 困ったように続ける少年に、親方は、顔も上げずに呟いた。 「フン。いいじゃねえか。一つ空いてる部屋があるだろう」 少年は、突如何かに気付いたように顔を上げた。 「そっか!なりちょんの里帰りが今日からだ!あんた運がいいな。部屋が一つ空いたぜ。それじゃ、こいつを部屋まで案内してきますんで。失礼しました!」 少年は元気よく頭を下げて、駆け出しかけた。が、思いついて立ち止まり、付け加える。 「あっ。そうだ。なりちょんが居ない分、この人に手伝って貰ったらどうでしょう」 少年の提案に、親方はほとんど分からないぐらいに頷く。 「助手が出来たんなら、今度の三番玉、おまえが作って見ろ」 親方の短い言葉に、少年は目を丸くする。 |