向板捨吉苦難之旅路

四之章 〜花火師 後半〜

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「ほんとに、俺がやってもいいんすか」

まだ信じられないといった様子で、浮き足立つ少年を、親方が上目遣いにひと睨みすし、少年はぴしっと姿勢を正した。

「やります。すごいがんばります。ありがとうございます」

 先ほどよりもさらに大きくお辞儀をすると、庭の反対端に向かって歩き出した。捨て吉も、同じように頭を下げると、あわてて後を追う。

「おい。聞いたかよ。俺が三番玉だってよ」

少年は、追いついてきた若者に、興奮した口調で告げる。
 しかし、素人の捨て吉には、何がすごいのだかさっぱりついていけない。

「それってそんなにすごい事なの?」

「あたりまえだろ。いいか、花火にはそれぞれ打ち上げる順番というものがあるんだ。その構成を考えるのも親方の仕事の一つなんだけど、今度の祭りでは、全部で八つの花火玉が上がる。打ち上げの開始は、大抵暮れ六つだから、一発目を打ち上げるとき、あたりはまだ完全な闇じゃないんだ。それで、一の玉は、多少明るくても目立つように、色つきの煙玉を上げる。二の玉も、まだ、音が派手なだけの閃光弾で、本当の花火とは呼べない。でも、三の玉となると、色とか、開き方とか、ある程度個性が出せるってわけさ。まさに大花火師への第一歩って気がするだろ」

「そうだね。少し、するね」

庭の端には生け垣代わりの柿と桜が植えられており、その向こうが母屋になっている。作業場は火の気を嫌うため、厨場も風呂の焚き口もみな、反対側に離して作られていた。
母屋のお勝手をくぐり、弟子達が居住するあたりへと向かいながら、捨て吉は先ほどから気になっていたことを聞いてみる。
「さっき、誰かが里帰りしてるって言ってたけど、こんな忙しそうな時期に、珍しいよね」

「いや、普通は正月とか、もっと暇なときにするんだけど、今回は実家から緊急の手紙が届いたらしくてさ。そいつ、結構いいとこの坊でよ。家の事情とか言われると、それ以上つっこめないし。と、この部屋だよ」

少年は端から二番目の部屋の前で立ち止まった。カラリと引き戸を開けて、

「あれ、あいつなんも片づけずに出て行ったのか」

 立ち塞がった少年の肩越しに、覗き込んで。

「よほどあわてて出て行ったんじゃないかな。その、緊急の手紙で」

「だな。ここ片づけて荷物置いたら、すぐ外行こうか」

作業場に戻ると、捨て吉は早速大きな円い盆を持たされた。中には真っ黒などろどろした液体が入っており、火薬の匂いがした。
 少年が黒くて丸い粒がたくさん入った籠を持ってきた。

「あんたには星掛けを手伝って貰おう。その盆にこの粒を入れて揺するんだ。均等に丸くするのは結構難しいぞ」

そう言って籠の中身を盆の中に空けると、さっさと立ち去っていった。

「大花火師への一歩を踏み出した俺は、三番玉の内容を思案しなくちゃならないからな」

かかと笑う少年を見送ると、捨て吉はざらざらと盆を揺すり始めた。乾いた玉の表面に水溶き火薬がまといつく。右に傾けたり回したり、何とかまんべんなく付くように工夫しながら、だんだんとその作業に熱中していった。

「そろそろ一度干そう」

はっと顔を上げると、いつの間にか少年が隣にきて、盆の中を覗いていた。

「火薬をまぶして、干してまたまぶして、を繰り返して、だんだんと大きくしていくんだ。ある程度の大きさになれば、違う色の出る火薬をかけて、色変わりの火薬玉を作ることも出来る。この玉を「星」って言うんだけど、これを玉の中に詰めて上げると花火になるんだ」

庭の真ん中には、台が置かれていて、上にむしろが敷いてある。少年は、盆を捨て吉の手から受け取ると、その上に、黒い玉を広げた。
濡れて黒光りする火薬玉に、夏の日差しが照りつける。

こうして来る日も同じ作業を繰り返していた捨て吉は、親方に筋がいいと褒められるまでになっていた。
 そうして打ち上げの日。少年と一緒に補助船に乗せてもらえることになった捨て吉は、彼に一つ頼み事をした。

「えっと。実はもう一人船に乗せてあげたい人がいるんだけど」

「へえ。旅人なのに、もう誰か知り合いが出来たのか。で、だれ?」

 少年は興味深そうに聞き返した。

「さあ。名前までは知らないんだけど。でも、すごく花火好きなのは間違いないと思うんだ。」

「ふうん。まあ、いいんじゃない」

少年は適当にうなずいた。まあ、一人ぐらい増えても、そう問題はないだろう。

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