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| 「あのー」 街の喧噪にまぎれて、しかしどうやら自分に向けられたらしい声が聞こえる。 「あれ、あんたこの間のすってんてん」 振り向いた先にいたのは、十日ほど前に芝浦屋の賭場で、散々に負けて追い出されていた若者だった。そのときは旅装であったので、とうの昔に村を出たものと思っていたのだが。 「もう復活したん?早いなぁ。せやけど程々にしといた方がええで。 それと、悪いんやけど、今日は賭場は開かへんのや。またにしてくれるか」 桔梗は、済まなそうにそれだけ言うと、さっと脇を通り過ぎようとした。 それを若者があわてて引き留める。 「いや、そうじゃなくて、今日はあなたに用が有ってきたんです。これからお暇ですか?」 「これまた悪いんやけど、あたしこれから花火観に行かんならんのやわぁ」 桔梗は、胡散臭さを極力顔に出さないように注意しながら、やんわり断ると、何とかこの場から離れようとした。このままここに留まっていたら、店の者が気付いて、若者に何をしでかすか分からない。 ところが、せっかく助けてやろうとしているにもかかわらず、若者はまだ何か話しかけようとしている。 「だから、その花火に、誘いに来たんですよ。実はあれから僕、文吉親方のところで、花火づくりを手伝ってたんですけど、今日は親方が、僕も舟に乗せてくれるって言うんで、よかったら一緒にどうかなぁ、と思って。花火好きですよね」 若者の前を早足で歩き続けていた桔梗は、舟という言葉に、ぴたりと足を止めた。 「舟ってまさか、仕掛舟に乗せてもらえるの!」 ぱあっと顔を輝かせて振り向いた桔梗の様子に、押されるように若者は一歩後退した。 「いや、それはさすがに危ないので、乗るのはその補助船の方なんですけど」 「いい、いい、それでも。乗りたい。うわー。すごーい」 その後二人は川辺まで歩き、橋から少し離れたところに着けられている小舟に乗り込んだ。 捨て吉がともゆ艫結いの縄を解くと、先に乗り込んでいたトシが静かに竿を動かす。 桔梗は、少年に挨拶とお礼を済ませると、早速質問を開始した。 「この舟って、どういう仕事をするの?」 「そうっすね。普通は機材を親船に運んだり、一般の舟を遠ざけたり。あとはたまにクロが出たときに拾いに行くこともありますね」 「なるほど」 トシは得意そうに語り、桔梗はその説明に熱心に聞き入った。 「クロって何」 捨て吉が質問すると、 「「不発玉のこと」」 二人の答えが同時に返ってきた。 そのまま二人は話を戻す。 「最後に上がる尺玉って、結局どんなんになったん」 「すごいっすよ。玉名は『昇り小花八重芯錦先の紅青光露』仕上がりは観てのお楽しみっす」 「おぉー!」 少年の説明に、桔梗は歓声を上げて手を叩く。 「それってどんなの?」 捨て吉は聞いてみたが、 「「観れば分かる」」 再び同時に言われて黙り込んだ。 「仕事の合間に解説して貰うてもええかな」 「いいっすよ」 その時、ぽぽん。と軽い音がして、最初の一番玉が上がった。薄闇の空に、ちぎり絵のように毛羽立った、桃色の煙の花が広がる。 その後、二番玉、三番玉と続く大輪の花々を、三人は心ゆくまで楽しんだのだった。 「たーまや?。かーぎや?。」 「今度壺振り教えて欲しいんですけど」 「え、なんで?」 あまりに唐突すぎて、桔梗は思わず立ち止まってしまった。 少年と別れた後、旅の若者に送ってもらっている途中のことである。 「結構自分で思った目とか、自由に出せるでしょう?」 若者は、あくまでニコニコと訊いてくる。どうやら自分を非難しているわけではないらしい。 「人聞き悪いなあ。いかさま師みたいに言わんといて」 そう言って桔梗は渋い顔をしたが、若者があんまり熱心に習いたがるので、結局今日のお礼に教えてあげることにした。 「へぇ。本物の壺ざるの内側って、布が張ってあるんですね」 捨て吉は、目の前に置かれた丁半博打用の壺を手に取ると、中を覗き込んだ。 「こうやって綿を入れて表面にわざとでこぼこを作ってあるから、中でさいころがあちこちよう弾むんや」 桔梗は、捨て吉の手から壺ざるを受け取ると、中にさいころを二つ放り込み、畳に伏せた。 「さて、中の目はいくつでしょう」 捨て吉は、予想の仕方も知らないのに、うんうん悩んでから、おもむろに答えた。 「五と六」 「はずれ。正解はシッピンの半でした」 桔梗が壺を開くと、果たして中身は四と一であった。 「すごい」 捨て吉は好奇心にあふれた目で桔梗の手元を覗き込む。 「初めはさいころ一個から練習しよか」 桔梗は捨て吉に壺ざるとさいころを手渡した。 捨て吉はそれから毎日熱心に稽古を続け、なんの役に立てるつもりなのかは分からなかったが、順調に上達していったのだった。 |