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| 「ねぇ、ねぇ、和菜ちゃん。 『きりさめに けぶるあきくさ むしのこゑやみ』 と、 『きりさめに むしのこゑやみ けぶるあきくさ』 と、どっちの方が様子が佳いと思う?」 「そうですねぇ。でも、どっちにしても五・七・七ですよぉ」 「それは字余りだからいいの。でも、後二節足して、短歌にした方がいいか。 『霧雨に しばし鳴き止む 虫の声 煙る秋草 秋の夜長に』 とかだったらどう?」 「一つの歌の中に、『秋』の字が二つありますよぉ」 「むぅ。結構厳しいわね。じゃあ、これは? 『月も無く 虫も鳴き止む 霧雨に 煙る秋草 代わる雨音』 」 「今度は『雨』がかぶってますねっ。でも読みが違うからよし!なのですぅ」 「うん、うん。やっぱり昨今流行の俳句なんかより、短歌の方が雅でいいやね」 朝来山中にひっそりと佇む茜華屋敷。浮き世の時の流れとは、全く別の時間軸を持つ、この広大な屋敷に、絵師茜華と二人の小間使いが、日々ゆったりと暮らしていた。 山の秋は早い。『秋』と名付けられたこの庭では、見事に紅葉した木々が葉を散らし、低く繁った萩や桔梗に、はらはらと落ちかかっている。 遠く西の空にたなびくひとすじの雲は、下の方からすでに色づき始めていた。 下生えの内、まず鳴きだしたのは松虫か。 「そうだ和菜ちゃん!そろそろ風も冷たくなってきたし、今日は高倉帝の例しに倣って、紅葉を焚いて林間に酒を暖めよう」 濡れ縁を歩いていた茜華が、突然立ち止まって提案した。 「うわぁ。白楽天ですねっ。わくわく。では早速準備に取りかからなくてはっ」 女主人の思いつきに、和菜は心得たようにパタパタと奥へ走り去る。 茜華が一人庭に降りて、道具の到着を待っていると、回廊の奥から一人の少年が現れた。 「菜緒!いいところに。私たち、今から紅葉狩をするんだけど、うちって確か鼎あったわよね」 地面にしゃがんで、手近な落ち葉をつついていた茜華が、その体勢のまま屋敷の方を振り向き、少年を呼び止めた。 和菜同様こちらも、主の突然の思いつきには慣れているのか、気にする様子もなく答えが返る。 「あることはありますけど、あれは周代の模造品ですよ。直火にくべるなど、とんでもない。台所に銚釐がありますから、それで我慢してください」 「えー。それじゃ雰囲気が出ないわ。?って菜緒。猫耳はどうしたの?あーっ!よく見たら猫しっぽも取っちゃってるし。ひどーい。似合ってたのにー」 今朝大騒ぎして着せた衣装が、いつの間にか着替えられていることに、はたと気付いて、茜華はひどく落胆した。 「昼間に町まで買い物に出かけたのです。まさかあんな格好で、山を下りる訳にはいかないでしょう。そんなことより、仕事をしてください。今朝も、葛西さまのお屋敷の御用人さまが、わざわざここまで催促にお越しになってたんですよ。それを御師さまは?」 「ごめん、ごめん。たまたま今朝は、散歩に出かけていたのよ」 「いつもはそんなこと、なさらないでしょう」 少年が、更にお小言を続けようとしたとき、奥から和菜が、箒と火種を持って戻ってきた。 「お待たせなのですぅ。あれ、菜緒、おかえり」 「ねえさま!あなたも御師さまと一緒になって遊んでないで、少しはお止めして下さい」 「えー。でも、ちょっとぐらい遊んでも、大丈夫ですよねぇ」 「そうそう。これが終わったら描くから」 二人は反省の色も見せず、かさかさと落葉を集め始める。 「出来もしないことは、仰有らないでください。今からお呑みになるんでしょう」 こうなってはもう、仕事の話など、耳にも入れてもらえないのだ。少年は諦めた。 「今日はもう仕方がありませんから、そのまま続けちゃってください。その代わり、明日からはちゃんと仕事をなさってくださいね。約束ですよ」 「うんうん分かった。約束する」 「きっとですよ。では、少々お待ちください。お酒をお持ちしましょう。せっかく紅葉を焚くのですから、やはりお酒は灘の純米酒を開けるべきでしょうか」 にっこりと思案顔の少年に、二人は揃って歓声を上げる。 「やったぁ」 「わー。菜緒くん最高」 そうして女二人は箒で落ち葉を集めて主役の登場を待った。 杯には佳醸之酒。石苔を払って詩を詠じ、日が傾くまでは紅葉と夕焼けを、日が沈んでは月を肴に、三人は訪れし秋の夜を、心ゆくまで楽しむのだった。 「茜華さまご所望の、丈夫で器用そうな男の人を見つけてきたのですっ」 ある日、町へ使いに出ていた和菜が、戻ってくるなりそう言った。後ろには、旅の途中らしい若者を連れている。それを見て女主人は手を叩いて喜んだ。 「あら、まあ和菜ちゃん。お手柄ね。ではでは、早速例の計画を実行に移しましょう」 「着物は、このままでいいかなぁ」 早速外へ出ていこうとした茜華は、和菜の言葉に足を止める。 「そうねぇ。せっかくだから遊ぶか。和菜ちゃん。そこのお兄さん連れてきて」 言って茜華は、いそいそと奥の部屋へ入っていった。 「捨て吉さんこっちです」 小間使いの娘さんに手を引かれて、捨て吉は訳が分からないまま部屋に通された。 部屋では、すでに茜華が長持から何枚もの着物を引き出していて、 「和菜ちゃん、そこの端から着せていって」 二人が入るなり指示が飛ぶ。 「茜華さま。前の時確か、水干服とかありましたよねえ」 「あるけど駄目よ。あれは十二歳以上には着せたくないもの。それより、明朝の文官服があったでしょう。あれが着せてみたい」 「あっ。いい。それ絶対いいですよぉ」 あれも似合う、これも着せたいと、散々着せ替えて遊んだ後、結局捨て吉は元の着物のままで外に連れ出された。 何着かの着物と、小道具の入った包みを持たされて、門を出ようとしたところで、一行は山から戻った少年と行き会った。 「お出かけですか。お帰りは何時頃になりましょう。今日の夕餉は栗ご飯にするつもりなのですが」 少年は、抱えていた籠を持ち直した。中には艶やかな栗の実が一杯に入っている。 「では、それが出来上がる頃に」 茜華はそう言い置いて歩き出した。 |