向板捨吉苦難之旅路

六之章 〜絵師 其之壱〜

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「ねぇ、ねぇ、和菜ちゃん。
  『きりさめに
      けぶるあきくさ
         むしのこゑやみ』  
                と、
  『きりさめに
      むしのこゑやみ
         けぶるあきくさ』                                                           
                 と、どっちの方が様子が佳いと思う?」

「そうですねぇ。でも、どっちにしても五・七・七ですよぉ」

「それは字余りだからいいの。でも、後二節足して、短歌にした方がいいか。
  『霧雨に しばし鳴き止む 虫の声
         煙る秋草 秋の夜長に』 とかだったらどう?」

「一つの歌の中に、『秋』の字が二つありますよぉ」

「むぅ。結構厳しいわね。じゃあ、これは?
  『月も無く 虫も鳴き止む 霧雨に 
         煙る秋草 代わる雨音』 」

「今度は『雨』がかぶってますねっ。でも読みが違うからよし!なのですぅ」

「うん、うん。やっぱり昨今流行の俳句なんかより、短歌の方が雅でいいやね」 

 朝来山中にひっそりと佇む茜華屋敷。浮き世の時の流れとは、全く別の時間軸を持つ、この広大な屋敷に、絵師茜華と二人の小間使いが、日々ゆったりと暮らしていた。
山の秋は早い。『秋』と名付けられたこの庭では、見事に紅葉した木々が葉を散らし、低く繁った萩や桔梗に、はらはらと落ちかかっている。
 遠く西の空にたなびくひとすじの雲は、下の方からすでに色づき始めていた。
下生えの内、まず鳴きだしたのは松虫か。

「そうだ和菜ちゃん!そろそろ風も冷たくなってきたし、今日は高倉帝の例しに倣って、紅葉を焚いて林間に酒を暖めよう」

 濡れ縁を歩いていた茜華が、突然立ち止まって提案した。

「うわぁ。白楽天ですねっ。わくわく。では早速準備に取りかからなくてはっ」

 女主人の思いつきに、和菜は心得たようにパタパタと奥へ走り去る。
茜華が一人庭に降りて、道具の到着を待っていると、回廊の奥から一人の少年が現れた。  
  
「菜緒!いいところに。私たち、今から紅葉狩をするんだけど、うちって確か鼎あったわよね」

 地面にしゃがんで、手近な落ち葉をつついていた茜華が、その体勢のまま屋敷の方を振り向き、少年を呼び止めた。
 和菜同様こちらも、主の突然の思いつきには慣れているのか、気にする様子もなく答えが返る。

「あることはありますけど、あれは周代の模造品ですよ。直火にくべるなど、とんでもない。台所に銚釐がありますから、それで我慢してください」

「えー。それじゃ雰囲気が出ないわ。?って菜緒。猫耳はどうしたの?あーっ!よく見たら猫しっぽも取っちゃってるし。ひどーい。似合ってたのにー」

 今朝大騒ぎして着せた衣装が、いつの間にか着替えられていることに、はたと気付いて、茜華はひどく落胆した。

「昼間に町まで買い物に出かけたのです。まさかあんな格好で、山を下りる訳にはいかないでしょう。そんなことより、仕事をしてください。今朝も、葛西さまのお屋敷の御用人さまが、わざわざここまで催促にお越しになってたんですよ。それを御師さまは?」

「ごめん、ごめん。たまたま今朝は、散歩に出かけていたのよ」

「いつもはそんなこと、なさらないでしょう」

 少年が、更にお小言を続けようとしたとき、奥から和菜が、箒と火種を持って戻ってきた。

「お待たせなのですぅ。あれ、菜緒、おかえり」

「ねえさま!あなたも御師さまと一緒になって遊んでないで、少しはお止めして下さい」

「えー。でも、ちょっとぐらい遊んでも、大丈夫ですよねぇ」

「そうそう。これが終わったら描くから」

 二人は反省の色も見せず、かさかさと落葉を集め始める。 

「出来もしないことは、仰有らないでください。今からお呑みになるんでしょう」

 こうなってはもう、仕事の話など、耳にも入れてもらえないのだ。少年は諦めた。

「今日はもう仕方がありませんから、そのまま続けちゃってください。その代わり、明日からはちゃんと仕事をなさってくださいね。約束ですよ」

「うんうん分かった。約束する」

「きっとですよ。では、少々お待ちください。お酒をお持ちしましょう。せっかく紅葉を焚くのですから、やはりお酒は灘の純米酒を開けるべきでしょうか」

 にっこりと思案顔の少年に、二人は揃って歓声を上げる。

「やったぁ」

「わー。菜緒くん最高」

 そうして女二人は箒で落ち葉を集めて主役の登場を待った。
杯には佳醸之酒。石苔を払って詩を詠じ、日が傾くまでは紅葉と夕焼けを、日が沈んでは月を肴に、三人は訪れし秋の夜を、心ゆくまで楽しむのだった。

「茜華さまご所望の、丈夫で器用そうな男の人を見つけてきたのですっ」

 ある日、町へ使いに出ていた和菜が、戻ってくるなりそう言った。後ろには、旅の途中らしい若者を連れている。それを見て女主人は手を叩いて喜んだ。

「あら、まあ和菜ちゃん。お手柄ね。ではでは、早速例の計画を実行に移しましょう」

「着物は、このままでいいかなぁ」

早速外へ出ていこうとした茜華は、和菜の言葉に足を止める。

「そうねぇ。せっかくだから遊ぶか。和菜ちゃん。そこのお兄さん連れてきて」

 言って茜華は、いそいそと奥の部屋へ入っていった。

「捨て吉さんこっちです」

 小間使いの娘さんに手を引かれて、捨て吉は訳が分からないまま部屋に通された。
部屋では、すでに茜華が長持から何枚もの着物を引き出していて、

「和菜ちゃん、そこの端から着せていって」

二人が入るなり指示が飛ぶ。

「茜華さま。前の時確か、水干服とかありましたよねえ」

「あるけど駄目よ。あれは十二歳以上には着せたくないもの。それより、明朝の文官服があったでしょう。あれが着せてみたい」

「あっ。いい。それ絶対いいですよぉ」

 あれも似合う、これも着せたいと、散々着せ替えて遊んだ後、結局捨て吉は元の着物のままで外に連れ出された。
 何着かの着物と、小道具の入った包みを持たされて、門を出ようとしたところで、一行は山から戻った少年と行き会った。

「お出かけですか。お帰りは何時頃になりましょう。今日の夕餉は栗ご飯にするつもりなのですが」

 少年は、抱えていた籠を持ち直した。中には艶やかな栗の実が一杯に入っている。

「では、それが出来上がる頃に」

 茜華はそう言い置いて歩き出した。

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