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| 女剣士は道場に残って剣の稽古をしていくというので、捨て吉は静馬とともに道場を出た。 帰路。実は捨て吉は、昨日の菓子のことが、いまだに気になっていたので、美味い菓子について静馬に訊いてみた。 すると静馬は、長屋の方向よりも、少し山側に進路を取って進み、やがて現れた茶屋風の小さな軒の前で立ち止まった。 店の中には老婆が一人居て、静馬の顔を見ると、茶色い大福のようなものを、三つ包んで手渡してくれた。それを受け取った静馬は、懐手にしていた右手を抜き、握っていた十二文を台に置いて店を出る。 (常連だな) 捨て吉はぼんやりとそう思った。 少し歩くと、小さな寺があったので、二人はそこの境内で包みを開くことにする。 あたりは町なかに比べると、人通りも少なく、昨夜から今朝にかけて降った雪が、昼になってもまだ、そのままの状態で残っていた。雪の上に足跡を残しながら建物に近づく。 濡れ縁の周りは、屋根から滑り落ちた雪塊が、積み重なって不格好な山を成しており、滴が一直線上に穴を穿ち続けている。 二人は、雨だれを避けて賽銭箱の前の階段に腰をおろした。 包みの中身は橡餅で、木の実の香りがふんわりと口に広がる絶品だったが、二人で三つは分け辛いんじゃないかと、今から心配になる。 「あの道場には、入門しないんですか?」 捨て吉は、三つめの橡餅を気にしながらも、口に出しては全く違うことを訊いてみた。 「流儀違いだ」 静馬は短く答えた。 「静馬さまの御流儀はなんなんですか」 「直心影流」 「あんまり訊いたことがないですね」 「最近江戸で起こったばかりの流派だ。他の流派と違ってこれは、他流試合を奨励しているから、今日のように、頼まれて修行者の相手をしたりしている」 「仕官とか、なさらないんですか?」 静馬の手が止まる。 「あ、いや。今日も道場であんな怖そうな人に勝ってたし。あれだけ剣の腕がおありなら、仕官の先もありそうなのになぁ、と思って」 「仕官しようと思ったことは、ある。それで昔、試験会場まで、行ったこともあるんだが。存外に人が多かったので、その時は結局、試験は受けずに帰ってしまったのだ」 「へぇ」 とうとう二人は一つ目の橡餅を食べ終えてしまった。包みに残った最後の一つは、譲り合った末、半分ずつにして食べることにした。 (侘びしい…) 捨て吉はそっとため息をついた。 相手が無口な人物の場合、どうしても質問形式の会話が多くなってしまう。こうしている間にも、自分の意志に反して、着実に増えつつある『静馬さま情報』に、少し悲しくなりながら、捨て吉は長屋へと戻った。 夕方。 静馬の元には、長屋の人々から、多くのおせちが届けられた。南天文の黒いお重。しだれ桜に雀文の朱いお重。捨て吉はそれらの蓋を開けて、中の料理を見ながら、制作者のおばさん達と、あれこれ語り合った。 明日はみんなで餅つきをするから、捨て吉達にも是非手伝って欲しいと誘われて、彼は二つ返事で引き受けた。 翌朝。朝食を済ませた捨て吉は、一応長屋の門前にあるお地蔵さまのところへ行ってみた。昨夜もまた少し降ったらしく、柔らかな雪を積んでいる祠の脇に、博依はすでに来て待っていた。 「昨日の話、もしかして本気なの?」 「当たり前でしょ。せっかく梓を撒いて、屋敷を抜け出してきたのに」 「梓ってもしかして、この前あなたを迎えに来てた子?妹か何かかな」 「ちがう!梓は隣のうちの子なの。昔から妙に懐かれちゃってさ。しかも、隣に住んでるのって実は、うちの父上の上司なんだよ。もう最悪。一度捕まるとなかなか逃げられないしさ」 「確かに、この間もすごい勢いだったよね」 「でしょう?それが隣にいるってだけでも大変なのに、三日ほど前からうちで預かることになってさ。父親が和田山に出張かなんか知らないけど、子供一人連れていけない距離じゃないんだよ。それを子供のわがまま聞いちゃってさ。うちも上司の頼みじゃ断れないし。今日も朝から追っかけられて大変だったんだから。あーっ!もう。親は何しとるんだ、親は!」 博依は苛立ったように、ガシガシと頭をかいた。 「お武家さまも、いろいろ大変なんだね」 捨て吉は、昨日の静馬の仕官話と考え合わせて、気の毒そうに呟いた。 その時、静馬の部屋に大荷物の男が一人訪ねて来るのが見えた。 「誰だろう」 しばらく見守っていると、程なく男が静馬の部屋から出てきた。男の大荷物は相変わらずであったが、見れば風呂敷包みの中身が、何本かの傘に変わっている。 「分かった。今のは内職の受け渡しに来た人だよ。最初の荷物は多分、傘張りの材料だったんじゃないかな」 思いついて捨て吉が言う。 博依もなるほどと頷いた。 やがて静馬が釣り竿片手に家を出て、そのまま町へ向かって歩き出した。 後を追う二人。 町に着くと静馬は、まず貸本屋に入った。 二人は向かいの店の角に隠れて中の様子を窺う。 「静馬さまってどんな本を読むんだろう」 「あー。僕も読みたい本あったのに。後で来よう」 「そういえば八犬伝の新刊って、もう出てる頃だよね?」 「そうだ!次何巻だったっけ」 「六十六巻あたり?うわぁ、読みたーい。確か次で志乃の過去が分かるんだよ」 二人が読み本の話で盛り上がり、静馬のことを危うく忘れかけた頃、店から静馬が出てきた。 我に返って後を追う二人。 |