向板捨吉苦難之旅路

八之章 武士 其之伍

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 次に静馬は、羅宇屋を呼び止めて煙管の管の掃除を頼んだ。
 そして掃除が終わるまでの間、近くの石に腰掛けて借りてきた本を読み始める。
 二人は近くの木の陰に隠れて待つことにした。

「…ところでさぁ、静馬さまって富くじが好きで、故郷に妹がいて、橡餅屋の常連だって知ってた?あ、後、実家に茶色の犬がいる」

「さあ、知らないけど。なに?どうしたの、急に」

「いや、特に、意味はないんだけど」

 捨て吉は、不本意ながら得てしまった情報を、処理に困って何となく口に出す。今を逃せば、この先、おそらく一度も使う機会がないであろうと思われた。

「あっ。今向こうの通りを、あんたと同じ顔した人が通った!」

「え、どれ?」

「あぁー。もう見えなくなった」

「本当にそんなのがいたの?」

「いたよ!もう、本当にそっくりだったんだから。あんた双子の妹がいるんじゃないの?」

「!?しかも女の人だったんかい!」

「あーっ!」

「今度は何?」

「静馬さまがもうあんなところまで」

「あぁっ。本当だ。いつの間に」

 二人は、川沿いに出た静馬を慌てて追いかけた。
 静馬は、途中天麩羅の屋台に寄って、慈姑の丸揚げとちくわの天麩羅を買い、しばらく歩いてから、適当な川岸に腰をおろした。
 もちろん、異常に騒がしい追跡者に気付いていないはずもなく、いささか緊張しながら釣り糸を垂れる。
 掃除したての煙管に火を移し、借りてきた本の続きに目を通す。
 長期戦の構えに入ったのを見て、二人は川縁のうどん・蕎麦の屋台に腰を据えた。それは、おととい捨て吉と静馬が呑んだ屋台と同じであった。

「おねえさん。卓袱一つ」

「あ、僕も卓袱で」

 二人は揃って、卓袱(女性と子供に大人気の野菜たっぷりうどん)をすすりながら、少し離れたところにいる静馬に目を向ける。

「何か、静馬さまの日常って、思ってたより普通。とゆうよりもむしろおっさん?」

博依が、しみじみと呟く。

「まあ、大体こんなもんでしょう」 

 捨て吉も、疲れた声で呟く。
 この場所は、ちょうど商家の寮の裏手にあたるらしく、道を挟んで反対側は、瀟洒な土塀が続いていた。
 その塀のうちから、粋な三味線の音が流れてくる。

「分かった。本命はこの寮の女主人なのよ。それで静馬さまは、その人の奏でる三味線の音を聞きに来ている」

がばっと顔を上げて、博依は懲りずに言った。

「そうかなあ」

 捨て吉は明らかに信じていない口調で博依を見た。
 それから一刻ばかり、そろそろ日も傾きかけた頃。道具類を片づけた静馬は、ずんずんと捨て吉達のいる方へ近づいてきた。
 その目が明らかに捨て吉を捉えているのを見て、彼は一つのことに思い当たった。
 そう。
 もうすぐ長屋の餅つきが始まる時間なのだ。おばさんに是非お二人でと、念を押された。静馬の性格を考えると、とても一人で帰る気にはなれないだろう。 
 出ていこうとした捨て吉は、突然博依に隣から頭を押さえつけられた。

「隠れて!見つかったわ」

「えっ。うん…。そうなんだけど」

二人して台の下にしゃがみ込むのを、屋台の店主がかなり不審そうに見ている。それ以前に、屋台のうどんで一刻も粘る自体、十分に不審だったのだが。

「逃げるわよ!」

「え、いや。ちょっ、ちょっとまって。違う…」

 突然走り出した二人を、静馬は必死になって追いかけた。いや、本気で走ったならば、多分すぐに追いつけたのだろうが。いざ追いついてしまった後、言う台詞を持たない静馬は、走りながら捨て吉が、博依を説得してくれるのを待つしかなかった。
 それからかなりの距離を来て、博依は不意に立ち止まった。

「ここ、どこ?」

「えっ!」

「ごめん。帰れんくなった。送って帰って」

 結局その後捨て吉は、静馬とともに博依を屋敷まで送り届け、長屋に戻ったときにはすでに餅つきは始まってしまっていた。

 その晩。今日は大晦日である。
 捨て吉と静馬の二人は、いつもの屋台で年越しの蕎麦をすすっていた。

「はぁ…」

 どちらからともなく、ため息が漏れる。
 お互いに熱燗を酌し合い、寒空に百八つの除夜の鐘が響く。

(侘びしい…)

 捨て吉は今回何度目かのため息をついた。
 見上げれば空に、今年最後の小雪が舞い始めている。
 今夜もお銚子が何本か追加されて、静馬は明日の朝の富突きのために今切り上げるか、寝ずに行くかを、ぼんやりと思案していた。

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