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| 次に静馬は、羅宇屋を呼び止めて煙管の管の掃除を頼んだ。 そして掃除が終わるまでの間、近くの石に腰掛けて借りてきた本を読み始める。 二人は近くの木の陰に隠れて待つことにした。 「…ところでさぁ、静馬さまって富くじが好きで、故郷に妹がいて、橡餅屋の常連だって知ってた?あ、後、実家に茶色の犬がいる」 「さあ、知らないけど。なに?どうしたの、急に」 「いや、特に、意味はないんだけど」 捨て吉は、不本意ながら得てしまった情報を、処理に困って何となく口に出す。今を逃せば、この先、おそらく一度も使う機会がないであろうと思われた。 「あっ。今向こうの通りを、あんたと同じ顔した人が通った!」 「え、どれ?」 「あぁー。もう見えなくなった」 「本当にそんなのがいたの?」 「いたよ!もう、本当にそっくりだったんだから。あんた双子の妹がいるんじゃないの?」 「!?しかも女の人だったんかい!」 「あーっ!」 「今度は何?」 「静馬さまがもうあんなところまで」 「あぁっ。本当だ。いつの間に」 二人は、川沿いに出た静馬を慌てて追いかけた。 静馬は、途中天麩羅の屋台に寄って、慈姑の丸揚げとちくわの天麩羅を買い、しばらく歩いてから、適当な川岸に腰をおろした。 もちろん、異常に騒がしい追跡者に気付いていないはずもなく、いささか緊張しながら釣り糸を垂れる。 掃除したての煙管に火を移し、借りてきた本の続きに目を通す。 長期戦の構えに入ったのを見て、二人は川縁のうどん・蕎麦の屋台に腰を据えた。それは、おととい捨て吉と静馬が呑んだ屋台と同じであった。 「おねえさん。卓袱一つ」 「あ、僕も卓袱で」 二人は揃って、卓袱(女性と子供に大人気の野菜たっぷりうどん)をすすりながら、少し離れたところにいる静馬に目を向ける。 「何か、静馬さまの日常って、思ってたより普通。とゆうよりもむしろおっさん?」 博依が、しみじみと呟く。 「まあ、大体こんなもんでしょう」 捨て吉も、疲れた声で呟く。 この場所は、ちょうど商家の寮の裏手にあたるらしく、道を挟んで反対側は、瀟洒な土塀が続いていた。 その塀のうちから、粋な三味線の音が流れてくる。 「分かった。本命はこの寮の女主人なのよ。それで静馬さまは、その人の奏でる三味線の音を聞きに来ている」 がばっと顔を上げて、博依は懲りずに言った。 「そうかなあ」 捨て吉は明らかに信じていない口調で博依を見た。 それから一刻ばかり、そろそろ日も傾きかけた頃。道具類を片づけた静馬は、ずんずんと捨て吉達のいる方へ近づいてきた。 その目が明らかに捨て吉を捉えているのを見て、彼は一つのことに思い当たった。 そう。 もうすぐ長屋の餅つきが始まる時間なのだ。おばさんに是非お二人でと、念を押された。静馬の性格を考えると、とても一人で帰る気にはなれないだろう。 出ていこうとした捨て吉は、突然博依に隣から頭を押さえつけられた。 「隠れて!見つかったわ」 「えっ。うん…。そうなんだけど」 二人して台の下にしゃがみ込むのを、屋台の店主がかなり不審そうに見ている。それ以前に、屋台のうどんで一刻も粘る自体、十分に不審だったのだが。 「逃げるわよ!」 「え、いや。ちょっ、ちょっとまって。違う…」 突然走り出した二人を、静馬は必死になって追いかけた。いや、本気で走ったならば、多分すぐに追いつけたのだろうが。いざ追いついてしまった後、言う台詞を持たない静馬は、走りながら捨て吉が、博依を説得してくれるのを待つしかなかった。 それからかなりの距離を来て、博依は不意に立ち止まった。 「ここ、どこ?」 「えっ!」 「ごめん。帰れんくなった。送って帰って」 結局その後捨て吉は、静馬とともに博依を屋敷まで送り届け、長屋に戻ったときにはすでに餅つきは始まってしまっていた。 その晩。今日は大晦日である。 捨て吉と静馬の二人は、いつもの屋台で年越しの蕎麦をすすっていた。 「はぁ…」 どちらからともなく、ため息が漏れる。 お互いに熱燗を酌し合い、寒空に百八つの除夜の鐘が響く。 (侘びしい…) 捨て吉は今回何度目かのため息をついた。 見上げれば空に、今年最後の小雪が舞い始めている。 今夜もお銚子が何本か追加されて、静馬は明日の朝の富突きのために今切り上げるか、寝ずに行くかを、ぼんやりと思案していた。 |