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| 捨て吉の見た初夢は、富士でも鷹でもなく、真っ白なお狐さまが、坂を転がった挙げ句に、雪に埋もれて見えなくなってしまうという、おかしな物だった。捨て吉は、昔実家の近くにあった稲荷宮に、熱心に参っていたので、それが今頃霊験を表したのではないかと考えて、道中見つけた小さな稲荷の祠に、供え物をした。 夢の内容についても、何か寓意があるのではないかと、しばらく考えてみたが、結局思いつかなかった。 それはともかく、捨て吉は今、自分の背丈よりもまだ高く積もった雪に埋もれて、遭難寸前の憂き目にあっていた。 周りは、見渡す限り白一色である。 四方は山に囲まれており、完全な平地などほとんどない。ぽつぽつと見える民家も、みな山を背にし、あるいは山の斜面に無理矢理に建てられている物がほとんどだ。その内の一軒が、目指す家であるのは間違いなさそうなのだが。 ここは、但馬の中でも豪雪地域として知られる、村岡という山村である。街道からは、全くはずれた山の中にあり、普通の旅人ならば、まず通りかかったりはしない。ましてやこんな真冬には尚更である。 そもそも、こんなところで、なぜ捨て吉が人捜しをしてるのかと言えば、それは、末尋屋の主人に頼まれたからに他ならなかった。 捨て吉が末尋屋を出立した日、『行く先定めぬ精進の旅』だと言っているにも関わらず、主人は捨て吉に、自分の友人への手紙を言付けたのである。「近くまで行ったらでええから」と、主人は言ったが、まさか言付かった手紙をそのまま持ち帰るわけにもいくまい。 それで途中、道を聞きながら、ここまで訪ねて来たのだが、住所を見たときには、まさかこんな大変なことになるとは、思ってもいない捨て吉だった。 体の周りの雪は、強固な壁のように行く手を阻んで、進むことも退くことも出来ない。 日も暮れ始めてもう、通りかかる人もない。おまけに雪まで降り始めて、捨て吉は途方に暮れた。なんとかここから抜け出すだけでもと思ったが、しかし、支えにした周りの雪が、端から崩れて全く上がれる気配がなかった。 その時、捨て吉の後ろから一人の男がやってくる気配がした。足にはかんじきを履き、橇(そり)に荷物を積んで曳いている。これで助かった、と捨て吉は安堵したが、その男は、そのまま埋まっている捨て吉には、目もくれずに、その真横を音もなく通り過ぎていこうとしたのだ。 「あの!樵の昌造さんという人の家を探しているんですけど!」 このまま置いていかれたら、本当に凍死しかねない。捨て吉は、慌ててその男に声を掛けた。 「私が樵の昌造です」 なんという偶然だろう!この男こそが、探していた本人だったのだ。 事情を話すと、昌造は捨て吉を助け上げて、家まで連れて行ってくれた。 家は積雪のために、二階部分しか見えていなかったが、昌造は当然のように二階の窓から家の中に入っていった。 家に着くと昌造は、すぐに風呂を沸かしてくれた。長時間雪に埋もれて冷え切っていた捨て吉は、有り難がってお礼を述べたが、湯が沸いて最初に風呂に入ったのは昌造の方だった。勘違いに気付いて捨て吉は顔を赤くする。しかし、本当に間違っているのは自分の方だろうか?どうにも納得がいかない。家主の後でようやく風呂に入ることが出来た捨て吉は、火が入った囲炉裏の傍に腰をおろす。自在には鍋が掛かり、なにやら家主が食事の用意をしてくれていた。 「もう少し具があれば良かったのに」 誰に言うともなく、昌造は呟く。 「じゃあ、これも足しますか」 捨て吉は、荷の中から自分の携帯用の食料をとりだした。豊岡で、長屋のおかみさん達から貰った物や、干物の類がほとんどであったが、鍋に入れれば戻るので問題はないだろう。 昌造はその申し出を受け入れた。そしておもむろに財布を取り出す。 「で、それはいくらだった?」 「え、いいですよそんな。ほとんど貰い物だし」 捨て吉は手を振って断った。しかし相手は頑として聞かない。 「私は決して奢られはせん!」 (奢られはせん!って?) 何かがおかしいと、捨て吉は気づき始めていた。 結局鍋の具の代金は、捨て吉が付けていた帳面を繰って、その時求めた正確な金額を調べて、きっちり割り勘にすることとなった。 汁物の椀をすすりながら、捨て吉は考えた。目の前の男は、末尋屋の主人の友人にしては、どうも無口すぎる気がする。行動に不審な点は多々見られるが、取り敢えず、向こうから話しかけてくることはあまりない。現に今も、食事中だというのに、相手はずっと黙ったままなのだ。 そんなことを考えながら、ふと、顔を上げた捨て吉は、わぁっ、と叫んで箸を放り出した。そのまま胡座を掻いた足を解く間もなく、二歩ほども後ろへ飛び退く。 そこで捨て吉は、数舜の間固まった。動きと思考回路が、その機能を一時的に停止してしまったのだ。 比較的短時間で復活した捨て吉が、もう一度自分の向かい側に視点を合わせてみると。 そこには、食事をしていたはずの昌造が、いつの間にか頭からすっぽりと菰(こも)を被った状態で、目の前に普通に座っていた。 …これは、突っ込むべきなんだろうか。いや、突っ込まねばならないだろう。彼が、本当に主人の親友だというならば!! 「え…っと。あの。顔がありませんよ」 意を決して捨て吉は指摘してみた。 昌造はあっさりと菰を脱ぐと、満足そうにまた食事を始める。 捨て吉は、はっと思い出して、主人からの書状を彼に手渡した。昌造はその場で書状に目を通し、ふむふむ、にやにやと読み終えると、また普通に食事に戻った。 内容について一言もなし。非常に気になったが、捨て吉は聞かなかった。 その夜。布団を敷いたからと呼ばれて行って見ると、布団はが交互に敷かれていた。つまり、このまま寝れば、昌造の足と捨て吉の顔が並ぶわけで、細かいボケだと思いつつも、一応捨て吉は触れておいた。 翌日、主人への返書を預かってここを発つ捨て吉に、昌造は不要になった藁沓(わらぐつ)を贈った。これで雪道も、いくらか歩きやすくなるだろう。捨て吉は、折角なのでこのまま日本海沿いに西を目指すことにした。 初春の海は、岩張った海岸に荒く冷たい波飛沫(なみしぶき)を打ち付けていた。 |