第十回ご隠居横丁句会(横丁句会一周年)
二〇〇五年七月二十一日(木)午後6時半開会 銀座「杉林」
第十回句会は、横丁句会一周年句会として上記日時、場所で開催しました。
兼題は「夏休み」「向日葵」「蟻地獄」(薄翅孵蝣も可)
参加者は内藤呈念先生、高橋なには橋さん、荒谷黄昏さん、大葉擬宝珠さん、吉田鉄井さん、青軸の四人。大葉擬宝珠さんは前回投句参加した大庭さん。命名は呈念先生です。
いつも通り五句選で秀句二句に講評でした。
兼題の部
呈念選
@向日葵の大口開いて笑いおり (擬宝珠)
〈評〉今日だったか新聞の声欄に向日葵の写真があり、私はこちらを向いた眼と見たが、作者は笑う口だという。なるほどです。技巧を凝らさず、そのまま様子を言い止めた。
A蟻地獄千年を待つ覚悟かな (青軸)
〈評〉子どもの頃よく蟻地獄を見たが、アリがその中に落ちる場面を見たことがない。それでも待つ、その様子は言い表しがたかったのだが、うまく言い当てている。
・休み果てて一人帰らぬ夏ありき (青軸)
・向日葵に海のにほひのありにけり (なには橋)
・本日の真剣勝負西瓜買ふ (擬宝珠)
なには橋選
@含羞草みなつゝかねばすまない子 (呈念) 〈含羞草=おじぎそう〉
〈評〉先行の選者がいうように、本当に覚えがある。いちいち触っている子供の景が目に浮かぶ。
A揃いの服母縫い上げて夏旅行 (擬宝珠)
〈評〉揃いの服を自分で縫ってくれる。いいお母さんだなあ。その一語に尽きる。
・遠花火音の速度を知りにけり (青軸)
・本日の真剣勝負西瓜買ふ (擬宝珠)
・蟻地獄千年を待つ覚悟かな (青軸)
黄昏選
@揃いの服母縫い上げて夏旅行 (擬宝珠)
〈評〉物あふれの今にはない世界。少子化時代、服は買えばいい。昔はそんなふうに買える物でもなかった。だが、既製服と違い母が作った服は世界に一つしかない。いい時代だったなあと、懐かしい感じだ。
A蟻地獄ゆふやみが腕掴むなり (なには橋)
〈評〉子供時代の不気味な感覚。蟻地獄の気味悪さ。それを夕闇が腕を掴むと言った。その感覚は、囲碁ならば二、三段以上だろうか。
・廃村にひとり咲き継ぐ日輪草 (呈念)
・咲き切れば向日葵まはることもなし (青軸)
・夏休み片頬に厭ふ国訛 (なには橋) 〈片頬=かたほ〉
擬宝珠選
@含羞草みなつゝかねばすまない子 (呈念)
〈評〉とても素直に子供の生態を詠んでいて、子どもの習性は確かにそうだ。自分の遠い昔を髣髴させることであった。
A夏休みジャン・クリストフ罪と罰 (黄昏)
〈評〉鉄井さんの評のとおり、普段できないことをしようとするものだ。たとえば読書。罪と罰は夏の事件。眩暈がするような殺人。そのような描写、ぎらぎらとした感じ、平常心を失うような感じを出したいい句である。
・休み果てて一人帰らぬ夏ありき (青軸)
・向日葵委や小ぶりの風情薄情け (黄昏)
・蟻地獄千年を待つ覚悟かな (青軸)
鉄井選
@向日葵を飼い馴らしたる花屋かな (擬宝珠)
〈評〉向日葵は生命力がある。植物で動かないのに動きがあるという感じを出したかったができなかった。「飼い馴らす」で向日葵の躍動感を表した。いたずらっ子の象徴のような。やられたな、という感じです。
A夏休みジャン・クリストフ罪と罰 (黄昏)
〈評〉夏休みに入った時は時間が無限にある。普段なら絶対しないことをやろうと思う。大冊の本を読もうと思うのもそれだ。浮き立つ感覚。子どもの一ヶ月半は大人のそれとは重みが違う。そのことを思い起こさせてくれる。
・本日の真剣勝負西瓜買ふ (擬宝珠)
・蟻地獄ゆふやみが腕掴むなり (なには橋)
・咲き切れば向日葵まはることもなし (青軸)
青軸選
@絵日記に無限の余白夏休み (鉄井)
〈評〉夏休みは、始まったばかりの時は、永遠に終わらないように思わせるところがある。しかし実際はあっという間に終わってしまう。その感じを読みたくてできないでいたのを、「無限の余白」と言い当てた。絵日記の道具立てが効いている。
A含羞草みなつゝかねばすまない子 (呈念)
〈評〉擬宝珠さんと同じく私も含羞草を全部さわる子供でした。今でも全部さわってしまいます。多分みんなに共通する小さな真理。俳句はその発見に尽きると思います。
・蟻地獄あり投げ入れし少年期 (呈念)
・向日葵を飼い馴らしたる花屋かな (擬宝珠)
・蟻地獄ゆふやみが腕掴むなり (なには橋)
提出句一覧
呈念
・夏休み帰省の夜汽車今はなく
・ひまはりやソフィアローレン睫毛伏せ
・廃村にひとり咲き継ぐ日輪草
・蟻地獄あり投げ入れし少年期
・含羞草みなつゝかねばすまない子 〈含羞草=おじぎそう〉
なには橋
・夏休み片頬に厭ふ国訛
・向日葵に海のにほひのありにけり
・蟻地獄ゆふやみが腕掴むなり
・御輿待つ締込みのまらなほしけり
・スニーカーの紐のほどける炎暑かな
黄昏
・夏休みジャン・クリストフ罪と罰
・孫まだか婆やが張り切る夏休み
・向日葵やゴッホ、ローレン黄は悲色
・向日葵委や小ぶりの風情薄情け
・陰陽は調和がかなめ碁聖説く
擬宝珠
・夏休みいろんなものが帰り来る
・向日葵を飼い馴らしたる花屋かな
・向日葵の大口開いて笑いおり
・本日の真剣勝負西瓜買ふ
・揃いの服母縫い上げて夏旅行
鉄井
・絵日記に無限の余白夏休み
・夏休み入道雲に夢たくす
・ひまわりは生の賛歌かうたたかか
・アリジゴクコンクリートが熱帯びて
・汐留の都会の砂に蟻地獄
青軸
・休み果てて一人帰らぬ夏ありき
・咲き切れば向日葵まはることもなし
・蟻地獄千年を待つ覚悟かな
・蟻の香を薄翅孵蝣のこしけり
・遠花火音の速度を知りにけり
席題の部
席題は「冷素麺」「金魚」「サングラス」
五句提出、五句選、秀句二句講評です。
呈念選
@冷素麺ポニーテールの白き頸 (鉄井)
〈評〉佐藤忠良の彫刻を思わせるすがすがしい句。まとめた髪と素麺が、奇妙に合った。
A初めての死を教えたる金魚かな (鉄井)
〈評〉出来過ぎ感があるが、死の教育ということをうまく言った。虫が死んだら電池を入れ替えればいいという子がいる。冗談みたいな話だが本当だ。死んだら地面に埋める。そうした経験を重ねることで死を理解し生命の大切さを感じられるようになる。二十年前からいわれていることだが。
・金魚売こゑはあの世へ行くやうに (なには橋)
・サングラス慣れず背筋を伸ばしけり (擬宝珠)
・サングラス何の秘密もないくせに (なには橋)
なには橋選
@留守番の金魚気づかふ旅の空 (呈念)
〈評〉旅まではたいへん結構であるが、空が出てくるとこれは小林旭「旅の空」になる。その連想に難があるのではあるが。
A金魚ゐて右に左に眼も泳ぐ (鉄井)
〈評〉金魚を見て私の目も泳いだというならつまらない。泳ぐのに合わせて金魚の目が泳ぐというならよろしい。
・冷素麺ポニーテールの白き頸 (鉄井)
・初めての死を教えたる金魚かな (鉄井)
・サングラス慣れず背筋を伸ばしけり (擬宝珠)
黄昏選
@初めての死を教えたる金魚かな (鉄井)
〈評〉この句の心は「初めて」である。核家族化のせいか死を身近に経験することが少なくなり、死の教育の必要性も増している。作者の場合、最初に知った身近な死が金魚であったのだ。
A薄紙を突き破る赤金魚かな (鉄井)
〈評〉金魚すくいの場面だろう。「赤金魚」なのか、赤いものが紙を破って現れ、見れば金魚だったというのだろうか。切れ方による微妙な違いが難しい。
・サングラス慣れず背筋を伸ばしけり (擬宝珠)
・サングラスあの人あんな人じゃない (呈念)
・独り覚め金魚のつぶやき聞く夜かな (呈念)
擬宝珠選
@金魚ゐて右に左に眼も泳ぐ (鉄井)
〈評〉金魚の動き方はおもしろい。鉢の中にいると何となく目で追ってしまう。なるほど、そうだと思わせる。いかにも夏らしい。
Aサングラスあの人あんな人じゃない (呈念)
〈評〉サングラスをかけるとすごく変わる。顔の一部にかけるだけなのに風体までも変わる。だれでも思い当たる節がある。なるほどと思わせる。
・荷の揺れて売り声揺れて金魚売 (呈念)
・初めての死を教えたる金魚かな (鉄井)
・冷素麺流してゐたる男かな (なには橋)
鉄井選
@金魚鉢あるじなき夏迎へけり (青軸)
〈評〉金魚といえば泳いでいる方ばかり向いていた。主のいない鉢の方を観察しようとした方向性、いないものを詠もうという姿勢になるほどと思った。
A全勝の力士の食らふ冷やそうめん (呈念)
〈評〉とっても好きな句です。全勝の力士だから強くて大きいだろうが、それが細い素麺をちゅるちゅる食べる、何ともいえないおかしさ、ギャップ。これは選ぶしかないです。
・留守番の金魚気づかふ旅の空 (呈念)
・とり切れぬ冷素麺二三本 (青軸)
・独り覚め金魚のつぶやき聞く夜かな (呈念)
青軸選
@初めての死を教えたる金魚かな (鉄井)
〈評〉この句は、あるいは重い実感を込めたものかもしれない。死を知らないことが当たり前のようになっていることが、殺伐とした現代社会の背景にあるような気がする。
A留守番の金魚気づかふ旅の空 (呈念)
〈評〉実感に満ちた句です。私の場合は鉢植えの方だけど。そして、いつも枯らして悲しい思いをします。
・サングラス何の秘密もないくせに (なには橋)
・サングラスゴルゴドロンにヘプバーン (黄昏)
・独り覚め金魚のつぶやき聞く夜かな (呈念)
提出句一覧
呈念
・全勝の力士の食らふ冷やそうめん
・独り覚め金魚のつぶやき聞く夜かな
・留守番の金魚気づかふ旅の空
・荷の揺れて売り声揺れて金魚売
・サングラスあの人あんな人じゃない
なには橋
・冷素麺流してゐたる男かな
・金魚売こゑはあの世へ行くやうに
・目を隠す男が嫌ひサングラス
・サングラス何の秘密もないくせに
・性同一障害のサングラスなり
黄昏
・サングラスゴルゴドロンにヘプバーン
・サングラスサファリの砂は青色よ
・サングラスティファニー朝めしヘプバーン
・サングラス陳平選挙で逆手とり
・サングラス高貴な方はひそやかに
擬宝珠
・目を閉じて唇すぼめ冷素麺
・素麺と冷たき水ともてあそび
・背後より金魚追う子に叱咤せり
・サングラス慣れず背筋を伸ばしけり
・サングラス世界と我に戸を閉てり 〈閉てり=たてり〉
鉄井
・冷素麺ポニーテールの白き頸
・初めての死を教えたる金魚かな
・薄紙を突き破る赤金魚かな
・金魚ゐて右に左に眼も泳ぐ
・友逝けりサングラスの下目を閉じる
・サングラス人の視線も遮れり
青軸
・とり切れぬ冷素麺二三本
・金魚鉢あるじなき夏迎へけり
・緑なる水槽に金魚の背を見せて
・サングラス光を避くるにはあらねども
・サングラスに映る水着は虚像にて