ちょっと怖い話



恐怖の音楽祭 - 06/07/26

その男は、すっかり忘れていたのだ。
今日と言う日が、どういう日だったのか・・・

男はその日、彼女とデートの約束をしていたのだった。
そろそろ仕事を終わろうと片づけを始めたところに上司の声。
「君の出番は夕方からやから。お客さんに粗相の無いように頼むわ〜」
「しまった、すっかりその事を忘れていた..これから彼女にデートは延期だと、メールを送らなきゃ」
男がメールを打ち始めようとすると..
上司が「携帯電話で遊んでたらあかんでぇ。はよ現場に行かんかいっ」
「チッ..メールも打てずか..まぁいいか」

男が向った先は、巨大な音楽ホール。
今日はオーケストラを囲む催し物が予定されており、男は入場して来るお客さんを指定席まで案内する仕事が割り当てられていたのだった。

慌てて到着したホールには、すでにたくさんのお客さんが、入り口に行列を作っているではないか。
「もう、そろそろデートの約束の時間だ..彼女は心配性だから、きっと電話して来るだろうな」
男は気が気ではないものの、たんたんとお客をさばいてゆく。

お客の列をさばき終え、ようやくひとときの静寂が訪れた。
男が電話をしようと、携帯電話を持ち上げた瞬間..なんと受付の席に現れたのは、今日の主賓の知事夫妻」
「いらっしゃいませ。お忙しい所誠に恐縮でございます。お席までご案内しますので、こちらへどうぞ」
男は電話を諦めて、知事夫妻を案内しようと歩き始めた。

その時、運悪く男の携帯に彼女からの電話がかかってきた。
男は「失礼します。業務の電話です」と、知事に謝りながら小声で電話に出る。
「もしもし、ごめん、今喋れないんだ」
「どうしたの、そんな小声で..もしかして、誘拐されたどこかに運ばれる途中なの?」

「なんでそんな状況が浮かぶかなぁ」男の心に、不安がほとばしった..
そう、彼女は思い込みが激しくて一度こうと思った事を覆させるのは至難の技だった。
「そ、そんなことないよ..デートは明日に延期だ」
「あっ、その言い方は何かあるのね..あたしに心配させないために嘘をついているんでしょ」
「そんなことないよ..今は重要人物と一緒だから喋れないんだ。解ってくれよ」

その時、演奏のスタンバイをしていたオーケストラのスーザホンの試し吹きの音が響いた。
「ブオォォォォォォォォォ」

「やっぱり誘拐されて、もう外国行きの汽船に乗せられているのね。後ろの方で霧笛の音が聞こえるわよ」
「いまの音は...スーザホンという楽器だよ。安心しておくれ」
「そんなこと言ったって..誘拐されているから本当の事が言えるわけないじゃない。もうあなたとは一生逢えない気がするわ」
男の説明も、聞く耳を持たない彼女・・

男は知事の案内も忘れて、本当の事を言うことにした。
「今日(大阪)府の音楽祭なんだ」

なんと、男は大阪府の職員だったのだ。



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