ちょっと怖い話



  憎しみの結末   - 06/08/31

 

 そろそろ自分の身体に中性脂肪を感じてきた男だが、一回りも歳の離れた妻の言葉には逆らえない。

 

男にとって今朝の妻は、とても機嫌がよさそうに感じられた。

 

あれは一週間前のこと..

 

いつものように朝食を食べようと食卓につくと、リンゴが一つだけ皿に乗っていた。

「おっ、今朝はデザートもあるのか..」と独り言。

「お〜ぃ、めしくれ〜」と妻に言うと、

「今日からリンゴダイエットしようと思うの。だからあなたも付き合ってね」

「それは初耳だなぁ..お前はそれでいいけど、俺は仕事に行かなきゃならないんだぞ」

「だって..結婚式の誓いの言葉で『何でも二人でやります』って言わなかった?」

「あっ、そうだったね。わかったわかった。すると、今朝はこのリンゴが朝食なのか?」

「そうよ。三食リンゴを食べると、健康的にダイエットできるらしいの。一緒にがんばろうね」

「う..うん」

 

男は大きな口を開けて朝食のリンゴを齧った。情けないことに歯茎から血が出た。

「まぁいいか..一歩外に出たら、何でも食えるからな。そのうちこいつもリンゴにも飽きるだろ」

すでに男は、駅構内で立ち食いうどんを注文している自分の姿を想像していた。

 

出掛けに玄関で、妻から渡された書類カバンを見て再び驚いた。

普段は書類しか入れないはずのカバンの真中だけが、異様に膨らんでいるではないか。

「これは..何?」聞きたくないが、男は妻に尋ねた。

「さっきいったでしょ、三食リンゴなんだから。それはあなたのお昼ごはんよ」

「気分はゴリラだな。しかも四角いUFO抱えてるみたいだし..いってきまぁ〜す」

 

妻のダイエット熱も、すぐに冷めると思っていた男の思惑は外れた。

かれこれ一週間は、この生活が続いていた。

男は、お昼用に持たされたリンゴを会社の女子社員に、毎日あげるようになっていた。

 

今朝の妻のご機嫌な理由がわかった。

「あたしは、ダイエットを始めて一週間で、体重が5キロも減ったわ。」

「そうか、それはよかった」

「高級リンゴだから、家計簿は真っ赤だけど嬉しいわ〜。あなたはどう?」

「へぇっ?..夜は会社の付き合いがあるからね。そんなには減ってないよ」

「そうかぁ..それだったら、今日はお昼と夜用にリンゴを二つ持って行く?」

「いやいや、それは勘弁しておくれ」

 

その夜、男は会社の同僚と夜の町へと食事に出かけた。

「家に帰ったら、赤いほッペのリンゴのが待ってるからねぇ..妻にも困ったもんだ」

そんな妻への愚痴を同僚にこぼすと、不思議と酒が進むとともに、リンゴへの憎しみが湧いてきた。

 

「あなた、これは何よっ!」妻の激しい口調に、男の目が覚めた。

ふと見回すと、そこは男の家の中で..布団に寝かされているようだ。

どうやら、前後不覚の状態ながらも、帰巣本能が家までたどり着かせたようだ。

「何が・・・どうしたって?」半分寝ぼけながら、男の顔を覗き込んでる妻に尋ねた。

「このシャツについた赤いシミよっ!。説明してもらわなきゃ寝させないわよっ!」

 

「赤いシミ?..はて、飲み屋で女の口紅でもついたかな?」

男の頭は、会社を出てからの自分の足取りを思い出そうと急速に回り始めた。

「一軒目はビヤガーデンだったぞ、そして二軒目は、焼肉屋..三軒目は屋台のラーメン屋だったはず」

どう考えても、女の口紅には到達できそうもないルートだったことを妻に説明した。

 

「それでわかったわ、このシミは焼肉屋でつけた肉シミでしょ。」

男はホッとしながら「そうかも知れない..」とつぶやいた。

「わたしがダイエットにリンゴしか食べてないのにお肉を食べてたのね。ひどい人ねっ!」

 

「いや、だからそれは会社の付き合いだから、仕方なかったんだよ」

「そんな弁解なんて聞きたくもないわっ!あなた、あたしがリンゴばかり食べさせるから憎いんでしょ。」

「君が憎い訳じゃないさ、リンゴは見るのも飽きてきたけどね」

「だったら、焼肉屋の娘と結婚したらいいのよ..あたしとはもうお別れよ」

 

あまりの妻の剣幕に、男の酔いはすっかり冷めてしまった。

「僕が悪かったよ..お詫びに何でも買ってあげるから、機嫌を直しておくれよ」

 

妻は一瞬考えて、男の耳元でささやいた。

「あのね、前から欲しかったネックレスがあるんだけど..買ってもいい?」

「いいとも〜。明日にでも買ってくればいいよ」

「わぁ〜い」

 

次の日の夜、男が帰宅すると..ご機嫌な様子で出迎えた妻の首には、可愛いネックレスが光っていた。

「ネックレスで喜んでる..可愛いもんだな..」男にも自然と笑みがこぼれる。

 

妻が得意げにネックレスの説明を始めた。

「このネックレス、有名デザイナーの新作だから、30万もしちゃった。似合ってるかしら?」

「そ、それが..さ...さ、さんじゅうまん..」男は...その場で気絶した。

 

肉染みの結末には...高価な出費が待っていたのだった。



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