| 1998年日本映画 監督;石井克人 主演;浅野忠信、小日向しえ |
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今に始まった話でもないが、このところ映画もTVもマンガを題材にしたものがやたらと多い。これも、望月(バタアシ)峯太郎の同名作品が原作である。ストーリーは組の金を持ち逃げしたチンピラが、偶然知り合った女と逃げまわるやくざなお話。それを上質な娯楽作品にしているのが、魅力あふれる役者の面々である。 主人公の男を演ずる浅野忠信は、濃いタイプの役者ではない。むしろ普段の彼は、影の薄い男かもしれない。しかしその普通さが、彼の大きな魅力ともいえる。この世界がある種の現実味を帯びているのも、彼が主人公を演じたからに違いない。そんな彼の出演するものはどこか自主映画風というか、ATGの臭いがする。それは彼が、大作映画で大見栄をきるような役者とは、良くも悪くも対局にいるような俳優だからかもしれない。 この映画、一昔前のお笑い芸人を起用した事で、全編がおもしろ悲しい。お笑いの人というのは、何故これほどまでに悲しいのか?おそらく笑いというものが、悲しさと表裏の関係にあるからかもしれない。芝居がお笑いより簡単だとは思わないが、笑いをさし引いたコメディアンに、役者としての魅力を感じる人が多いのは確かだ。ここでのホテルマン島田洋八は、苦労が顔に染み付いていて痛々しいくらいである。さらに困ったことに彼は、かなり異常な役柄を地でやっている節がある。 それに加えて、若人あきらの殺し屋「山田君」役は怪演である。(今回「我修院達也」なんて大仰な芸名を使っているのは、洒落か?)唯でさえ濃い顔をメイクでさらに描きまくっている。人間というより、もはや人形の顔に近い。彼自身もともと年令不祥で、しばらく失踪したり、記憶喪失だったりと、向こうの住人に近い。正直、存在自体に恐いところがある。こんな奴に付きまとわれたら、主人公でなくとも笑って許してやるしかあるまい。 その中に居て、可哀想だったのがヒロインを演じた小日向しえである。ごく普通の女性なので、この世界に全く溶け込めていない。不粋な事務員が眼鏡をはずしたら美女だったというネタも、ギャップが小さすぎて意外性もなかった。若人(山田君)の顔を描く半分の労力でも彼女に割いてやっていれば、もう少し作品に参加できたかもしれないのが残念だ。ラストは下着姿で頑張っていたが、「おっ、結構胸がでかいぞ」、くらいの印象しか残らない。前半で素っ裸にしちまうくらいの勢いがあれば、むしろ良かったのかもしれない。所詮彼女の力量がその程度だったといってしまえば、それまでなのだが。 比較にもならないが、岸部一徳はこんな役をやらせると、震えるほど上手い。一般人の顔で生活していて、時折狂気めく幹部やくざ。もし近所にいたら、一番嫌なタイプだ。コミカルな人物からシリアスまでをこなす、日本の名優の一人だと思う。 その他にも素顔を最後まで晒さない鶴見辰吾、四六時中携帯電話をかけている中堅やくざの寺島進。脇をこれだけ固められる若手は今、なかなかいない。脚本の功績なのだろうか、周りの人物像がそれぞれに書き込まれており作品世界も深まった。 これまでコマーシャルフィルムを数多く手掛けてきたこの監督、シーン運びにもスピード感があった。止まった芝居で漫画の一齣を思わせるカットも、場面によっては効果的に使われている(北野武がやるほど、スマートな省略表現にはなっていなかったが)。結局この映画、このメンツを集めたセンスだけでも二重丸といえる。最後までかなり楽しんで観ることができ、満足の一本。 |
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