第九回『銀幕日記』

『鳩の翼』


1997年イギリス映画
原題;THE WINGS OF THE DOVE
監督;イアン・ソフトリー
主演;ヘレナ・ボナム・カーター、ライナス・ローチ、アリソン・エリオット

『緑色の部屋』、『女相続人』、『ある貴婦人の肖像』。映画だけでまだ一度も原作を読んだことはないが、英国の偉大な文豪、ヘンリー・ジェイムズの作品である。これはその彼が書いた、ある三角関係の恋物語。

親戚のおばさんの世話になっている没落貴族の娘ケイトは、冴えない新聞記者マートンに惚れている。どうもお互いの虚無的な部分に共感して、惹かれあっているようだ。しかしそんな風采の上がらない男なので、おばさんにも結婚を反対されている。実の父親は今では完全に身を持ち崩していて、阿片窟に通い、廃人のような暮らしをしている。そうした親族のこともあってか、彼女の彼への愛情は屈折せざるを得ない。そこに上流貴族が集まるパーティーで知り合った女性ミリーが加わり、3人の奇妙な関係が始まる。ケイトは、わざわざ彼女と彼を二人きりにしてみたり、自虐的とも思われる行動をとりはじめる。ミリーもマートンに好意を持つのだが、彼の方は一向にその気にならない。積極的な彼女のアプローチにも動ずることなく、平静さを保っているマートン。ついにケイトは旅先に二人を残して、ひとり帰ってきてしまう。自分がわざと起こした行動に苛立ち、嫉妬で何も手につかなくなるケイト。そんな形でしか、彼女は自分の気持ちを確認できない。残してきた彼女は不治の病に冒されており、二人に振り回されながらも、そうした関係を恨みに思うでもなく独り死んでゆく。友人を失った後、味気ない性交をする二人。昔感じたような共感はもうそこにはなく、あるのはただの惰性と寒々とした喪失感だけだった。

マートンは、一見、好人物のようにみえる。ところが彼は、単に決断力のないお人好しのヤサ男に過ぎなかった。一途にケイトを愛しているのは解るが、そうであるなら病人に水をぶっかけてでも、旅先から戻ってこなくてはなるまい。もし懐の広いミリーの愛情に少しよろめいたとしたら、その辺りの感情の起伏表現が極めて弱い。そこでウジウジしているから、痛くもない腹を探られて妙な嫉妬を買うことになる。一時が万事、ガーッと行けない性格なのでこちらは終始イライラさせられる。遺産目当てだろうとも、そこまで相手の気持ちを受け止めたのなら、それには応えなくては嘘である。ここまでお膳立てされていて何もできないマートンは、正直腑甲斐ない。事の後で、『同情と愛情を、取り違えていたようだ』とキマリ文句でも吐いて、ゴミのように病人を捨ててくれたら、この被害者意識の強い性悪女ケイトとお似合いだったんだが。変に人格者ぶって、格好つけすぎたために、みんなで不幸になりましたという顛末。そんな男に惚れてしまった二人も報われない。結局彼は、誰をも幸せにすることは出来ず、そうした自分にも失望してしまう。おばさんの目は確かだった。

善くも悪くも自分の感情と格闘するケイトに対して、ただただ流されるだけのマートン。初めからうまくいくはずもなかった二人なのかも知れない。感情のレベルが違い過ぎる。考えれば考える程、彼のウスラトンカチにぶりに腹が立ってくる。主人公のヘレナ・ボナム・カーターは好みだし、画面も重厚でとても良かったのだが、内容が気にくわず。原作では最後に男を失ったケイトが、ミリーの遺産を受け継ぐことになるらしい。その方が三人の関係性がよっぽどスッキリしていて、解りやすかったのだが。

この後、当然二人は別れるだろう。しかしこれから、彼等に幸せは訪れるのだろうか。素直になれないところや屈折しているところは、人間誰しもあるだろう。確かに人間は複雑で、底知れない感情や行動が隠されているのかも知れない。けれども、これじゃ救われねえよな、というのが正直感想だった。

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